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最悪(12)

○村はずれ(夜)
村の灯を遠く望む、小さな小屋。
 
○アジト・中(夜)
蝋燭の火に照らされてひしめき合い、激論を交わす年若の百姓達。
女もちらほら。

百姓1「遂に先生も到着なされた。今こそ、代官を追い落とす時」
百姓2「待て早まるな。確かに代官所の連中は横暴だが、もっと貧しい村は沢山ある」
百姓3「貧しゅうなってからじゃ遅い。『あの方』のお力添えがあるうちに事を起こさんと」
百姓女1「飢饉が来たらどうするん」
百姓2「女は黙っていたまえ!」
百姓女2「四民平等よ!」
百姓3「男女平等って意味やない! 引っ込んどれ!」

と、戸が開き桃介が姿を現す。

桃介「暴論だぞ。婦女子は労わらねばならん」
百姓1「申し訳ありません先生」

百姓女達、桃介をウットリ見つめる。

桃介「新しい同志を連れて来た。早々に代官に関わってしまったのは想定外だったが、こういう恩恵もあるとはね」

桃介に誘われ、入ってくる亀作。

百姓1「あんたは」
桃介「ああ。鬼のお頭さ」
亀作「滅相もねえ。まだまだ未熟者ですけ」
百姓1「司法省の役人様に鬼までがこっちにつけば、最早百人力だ」
百姓2「職人百姓一丸となれるというわけか」
百姓女1「素敵」
亀作「待ってつかあさい。儂はお話を聞きにきただけですけ」
桃介「タタラ場の近代化は滞ってるようだね。全く、何の為に長老達を追放したのだか」
亀作「それは……お代官様も忙しい身ですけ」
桃介「私には鉄の利権を己がものにしたいだけに見える。まあ色々話そう」

桃介、座って亀作に酒を促す。

○村はずれ(夜)
紙を手に小屋に近づくサト。
 
○アジト・中(夜)
酔っぱらっている一同と亀作。

亀作「何が百目木新道じゃ。他所の村の土木に道作らせる銭があるんなら、水車ふいごの一台でもこさえてほしいもんじゃ」
百姓3「鬼も苦労しとるの」
亀作「長老どもの時代はどねえか知らんが、俺らは鬼やない。人じゃ」
桃介「郡長はそうは思ってないだろうね。きっと彼にとってはタタラ衆全員が父の仇なんだよ」
亀作「冗談じゃない!」
桃介「百目木修理とはその程度の器だ」

亀作、苛立って沈黙する。

桃介「そんな男が上に立つ風習を終わらせる為に私はここに来た。みんなの力で奴を引きずり下ろし、選挙を行おう」
亀作「選挙?」
百姓2「入れ札で長を決める仕組みさ」
百姓女1「桃介先生が教えてくれたのよ」
百姓1「あの方が桃介先生と僕達を、東京と黒金を繋げてくれたんじゃ」
亀作「あの方?」
サトの声「ひくちん!(クシャミ)」

身構える一同。

百姓3「誰じゃあ!」
桃介「逃げても無駄だぞ。我々の仲間は村中にいるんだ。必ず調べ出す」

戸が開き、サトが顔を覗かせる。

桃介「やあ。あの時の」
サト「その節はジェントルして頂きまして」
桃介「大変だったね。逃げおおせて何より。さあ遠慮なく入って」

サトと亀作、目が合う。

サト「……!」
亀作「じゃ、じゃあ俺はこれで」
サト「……」

亀作、サトに会釈して出てゆく。
     ×  ×  ×
輪の中で歓迎されているサト。

百姓1「そうか。君が弟の先生でしたか」
百姓女2「噂のハイカラさんね!」
百姓女1「檄文を見て来てくれたんやね」
桃介「(詰問口調で)それ誰かに見せたかい?」
サト「いえ。誰にも」

桃介、穏やかになって酒を勧める。

桃介「そう。まあ、どうぞ」
サト「その前に。あんな物騒なものを子供達に見せるのは如何なものかと」
百姓1「大事なことなのさ。弟達もゆくゆくは僕達の同志になるんだ」
サト「勝手に決めつけんで下さい」
百姓1「何じゃと?」
サト「落書きも皆さんの仕業ですか?」

バツの悪そうに押し黙る若者達。

百姓3「小さき声を村中に知らしめる為じゃ」
サト「言い訳から入るって事は一応卑怯なことしてる自覚があるんですね」
百姓女2「言い過ぎよ」
サト「あれ掃除するの大変だったんだから」
桃介「あっちこっちにある百目木賢徳碑の方が、よほど景観を壊していると思うがね」
サト「それは認める」
桃介「結構。共に飲もう」

桃介とサト、同時に盃を空ける。

桃介「だが君達婦女子は今後控えていたまえ。ここから先は男の役目だ」
サト「本当に一揆をおこすつもりですか?」
百姓1「革命だ!」
百姓2「民の力で黒金村を治めるのだ」
サト「誰が?」
百姓2「だから我々だ」
サト「我々って? あなたが郡長になるの?」

言葉に詰まる百姓2

サト「(一人一人を見据え)それともユー? お兄さん? 婦女子?」
百姓1「俺は色々仕事が忙しいんじゃ」
百姓女1「私も家の事とか色々忙しくて」
サト「ふ~ん。代官を引きずり降ろしても代官の仕事は譲り合いか。勇敢で謙虚。カッーコいい」

一同、反論できない。

桃介「誰が治めるかは、おいおい入れ札などで決める。今急いで答えを出すべきことじゃない」
サト「あっそ」

サト、盃を置いて立ち上がる。

サト「さて。そろそろ屋敷に戻らないと今度は廓に売られちゃうかしらん」
百姓1「君! ここでの事は他言無用だぞ!」
サト「はいはい」
百姓2「僕達の革命の邪魔をする者は許さんからな!」
サト「その喋り方流行ってるの? 気色悪い」

サト、出てゆく。

百姓3「西洋かぶれに言われたくないわい!」
百姓女1「ちょっと見栄えがいいからって」
百姓1「仲間は村中にいる! 革命は誰にも止められんぞ!」

昂る一同。

桃介「諸君。今は古い時代を終わらせる事に集中しろ。全ては悪代官百目木修理を倒してから始まるのだ」
百姓一同「おう!」
桃介「言行を顧みず志に邁進する。即ち狂! 突き進め! 飛ぶが如く!」

○ある農家(夜)
煎餅布団で眠る年寄り。
百姓の若者が隅で檄を見つめている。

桃介の声「集え若者! 自由民権!」
 
○ある小屋(夜)
吊るさている獣。
猟師の若者が月光の下、檄を見つめる。

桃介の声「集え若者! 自由民権!」
 
○高殿・中(夜)
片づけをしているタタラの若者達。
亀作が戻って来る。

桃介の声「集え若者! 自由民権!」
 
○代官所・表門(夜)
松明を手に蓆旗を掲げ武装した沢山の若者達が門の前に集結している。
全員、顔を天狗の面で隠している。

一同「自由民権! 自由民権! 自由民権!」

(つづく)

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