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クラウン(終)

〇花の御所・北の花亭
大君、太刀を放り投げると庭に出る。
トミ、大君を見つめる。
大君と道化、すれ違う。

道化「それでいい。そのまま、気ままに生きろ」
大君「……我が都を……我が妻を……頼む」
道化「口をきくでない。お前はもうただの獣だ」

去ってゆく大君。
と、応仁丸が鳴き出す。
道化、応仁丸をあやして踊る。
応仁丸の鳴き声を背で聞く大君。
道化、踊り続ける。
応仁丸、泣き止まない。
次第に道化の踊りが激しくなる。
応仁丸、泣き止まない。
道化、狂ったように踊る。
振り返る大君。
トミ、道化に向かって叫ぶ。

トミ「やめて!」

道化、踊りを止めてトミを見つめる。
毅然としたトミの眼差し。

○(回想)鵺の隠れ家・中(夜)
トミを押し倒している道化。
トミ、毅然として道化を見据える。
道化、トミから離れて這いつくばる。

道化「申し訳ございませぬ」
トミ「……」
道化「我は鵺、我は物の怪、我は……ケダモノにて」

○花の御所・北の花亭
腕の中で泣いている応仁丸。

道化「違う……俺に子供などいない……」
   
大君、道化に向かって歩き出す。

道化「全部思い出した……」

トミ、道化を見つめる。

トミ「返して。我が子を。『私達』の子を」
道化「俺には、縁など作れなかった!」

道化、絶叫して応仁丸を天に掲げる。
そして地に叩きつけようと……。

大君「やめろ! やめてくれ!」

大君、道化に向かって駆け出す。
道化の動きが止まる。
トミ、道化の背に寄り添っている。

○(回想)鵺の隠れ家・中(夜)
道化、這いつくばって泣いている。

道化「申し訳ございませぬ……申し訳ございませぬ……」
トミ「……名は何と申す。まことの名は」

道化、泣いているだけ。

トミ「まあよい。お前で十分じゃ」

トミ、道化に寄り添う。

○(回想)鵺の隠れ家(夕)
トミ、紐で繋がれた銭の束を見せる。

トミ「よいか。これが現世じゃ」
道化「はい」
トミ「はいではない。これは銭であろう」
道化「はい。銭です」
トミ「考えよ! これまではどうか知らぬが、わらわと暮らすからには頭を使ってものを言え。流される男は嫌いじゃ」

道化、微笑む。

トミ「何がおかしい」
道化「人と喋るのは楽しゅうございまする」
トミ「わらわが喋っておるだけじゃ」
道化「はい」
トミ「はいではない!」

呆れるトミ。
     ×  ×  ×
道化、頭から毛皮を被って踊る。
トミ、手を叩いて囃し立てる。

トミ「決まりじゃな」
道化「え?」
トミ「この都を出ようぞ。共に都から消え、流れて、踊って、稼いで、共に暮らそうぞ」

道化、這いつくばる。

道化「ご容赦下さりませ」
トミ「ならばこのまま森に隠れて野人の如く暮らせというか? 嫌じゃ! わらわは人じゃ!」
道化「……」
トミ「考えよ。この先を」
道化「我は物の怪にござりますれば」

トミ、困惑する道化に呆れて微笑む。

○(回想)鵺の隠れ家
トミ、道化に角帽子を被せる。

トミ「冠じゃ」
道化「冠」
トミ「今日からお前が、我が大君じゃ」
道化「大君」

微笑むトミ。
道化、角帽子を掴み目を閉じる。

道化「何とあたたかい……何と……」
     ×  ×  ×
トミ、勝元の兵に捕えられる。

トミ「ゆけ! お前はゆくのじゃ!」

道化、森に向かって駆け出す。
道化、勝元の兵を切り伏せ振り返る。

トミ「何をしておる、行け! 行くのじゃ! この都から消えるのじゃ!」

トミ、道化に背を向け走り出す。
道化、森に消える。

トミ「お前だけでも……自由に……」

○花の御所・北の花亭
道化、背中のトミに語りかける。

道化「よかった。幻じゃなかった」
トミ「そうじゃ。ここは現世じゃ」
道化「誰かが言うておりました。最も尊き愛、情を捨てるが政と」

道化の背から血が流れている。

道化「政は楽しゅうござりまするか」
トミ「楽しい」
道化「おのこに生まれれば良かったですな」
トミ「嫌じゃ」
道化「何故です」
トミ「考えよ」

トミ、道化に寄り添う。

道化「これが縁」
トミ「しがらみじゃ」
道化「あたたかい」
トミ「そうじゃな」
道化「トミ様」
トミ「うん?」
道化「私を捨てて下さりまするか?」

トミ、道化から離れる。
手に血の垂れた鋏が握られている。

道化「政の為。都の為。幕府の為。我が子の為。この私を……」

自嘲する道化。
トミ、施政者の顔に戻る。

トミ「捨てる。最も大切なお前を」
道化「有難き幸せ」

トミ、己を気丈にふるい立たせると、投げ捨てられた太刀を掴む。

トミ「応仁丸! 泣くでない! この私の子であろう!」

大君、呆然とその様子を見つめる。

大君「泣いていい。泣いていいぞ。お前は俺の子だ」

応仁丸、泣きじゃくる。
トミ、太刀を構える。

トミ「我が子を頼むぞ」
道化「無論。二度と放しませぬ」

応仁丸を天に掲げ胴を空ける道化。

道化「応仁丸さま! その未来、道化が寿ぎ奉る!」

トミ、道化を斬り捨てる。
道化、応仁丸を抱き、守るように、仰向けに倒れる。
応仁丸、道化の懐で血に塗れる。
道化、応仁丸を見つめる。
応仁丸、その血の温もりの中で眠り始める。
道化、応仁丸に角帽子を被せる。
そしてその頬に触れる。

道化「なんと、あたたかい」

道化、心から微笑んで死ぬ。

(了)

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