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クラウン(14)

 
○一休街
泥濘に立つ無数の蓆小屋。
木柵で囲まれた川辺の一角。
幣衣蓬髪の非人たちが牛馬をさばき、血に塗れている。
傍らで沢山の死体が焼かれ、老僧が念仏を唱えている。
道化と舎利、老僧の隣に立って手を合わせる。

老僧「生者も死者もここには無縁しかおらぬ。四足の街じゃ。それでもよいなら飽きるまで休んでゆくがよい」

と、遠くから蹄と雄叫びが聞こえる。

老僧「じゃが獣の上前をはねる外道もおる。早う身を隠せ」

老僧、舎利の手を引いて逃げ出す。
木柵が破られ、揃えも様相も異なる野盗の集団が乗り込んでくる。
馬上の男は、あの雑兵頭。

雑兵頭「さあ都人共! 荒ぶる稲荷を沈めい! お前らの富を山の神に献上せよ! がっはっは!」

野盗達、肉や毛皮、臓物までも奪う。
小屋から女子供を引きずり出す。
女と共に飛び出してくる犬丸。

雑兵頭「犬丸? お前、犬丸か!」
犬丸「お頭!」

徒手の道化、野盗の刃をかわす。

犬丸「お頭! あいつもおります!」
雑兵頭「おう! 河原者ではないか!」
道化「いつぞやは」

雑兵頭、馬上から犬丸を見下ろす。

雑兵頭「犬丸。我らに加われ。英林に……都人どもに目にものみせてくれる」
犬丸「英林様に会われたのですか?」
雑兵頭「ああ。あの野郎」
道化「あの~お話し中よろしいか?」

野盗の一人に刃を突きつけている道化。

道化「これ以上暴れれば殺(や)らざるを得ませんが」
   
野盗達、道化に気圧される。

雑兵頭「ま、まあ。双方落ち着こうか」


○浄土院
須弥壇、蓮華座上の阿弥陀仏。

斯波弟「餓鬼の兵?」

仏を前に酒を飲む畠山斯波弟。

畠山弟「都を騒がす無頼の盗賊団だ」
斯波弟「それが我らと何の関わりがある」
畠山弟「英林」

二人のはるか後ろで禅を組む英林。

畠山弟「うぬの家来だ。なんとかせよ」

目を閉じ、黙したままの英林。
 

○(回想)浄土院・表
ぼろぼろの雑兵達がなだれ込んでくる。

雑兵頭「西幕府盟主宗全入道様にお目通り願いたい! 我らは亡き越前国人英林孝景が家臣。義によって西幕府にご助成致す!」

西方の兵達、困惑しながら制する。
烏帽子直垂の英林、宗全と現れる。

雑兵頭「英林様! よくぞご無事で!」
英林「……大義」
宗全「英林。散らせ」
英林「されど」
宗全「幕府に無頼などいらぬ」

英林、深く息をつき雑兵達に告げる。

英林「この英林、今は国人である前に宗全様の家臣である。これまでご苦労だった。各々国に戻りつましく暮らせ」
雑兵1「お館様! 我らも戦いまする!」
雑兵2「我らは武士じゃ! そう呼んでくれたはお館様ではないですか!」
西方兵1「武士だと? 笑わせるな!」
西方兵2「都にたかる田舎者め!」
西方兵3「散らねば討ち取るぞ!」

西方に嘲笑される雑兵達。

英林「国に戻るのだ」
雑兵頭「我らは英林様とご政道を正すため」
宗全「下郎ごときが政を語るでない! 我が戦さに足の軽い卑賤など邪魔なだけだ!」

鉄扇をかざす宗全。
西方、太刀を抜き雑兵に突きつける。

英林「さらばだ」

英林、雑兵に背を向ける。
 

○一休街
土を蹴る雑兵頭。

雑兵頭「俺達だって人だ! 意地も誇りもある! 糞め! 何が武士だ! 何が我が戦さだ!」

石に腰を下ろしている犬丸。

犬丸「下克上だとさ」
雑兵頭「なに?」
犬丸「下が上に『勝つ』って意味らしい」
雑兵頭「そりゃいいや。まさに俺達下郎の為の言葉じゃないか」

道化、非人と一緒に獣を捌いている。
道化に怯えつつ柵を直す雑兵達。

道化「代わりましょうか?」
雑兵「いえいえ! 我らがしたことゆえ!」
雑兵頭「でだ……その鵺だの鬼だの呼ばれる『忍び』ってやつがあの河原者の正体ってわけか」
道化「さようでございます」

遠くから答える道化に驚く雑兵頭。

道化「されど今は骨と皮だけの道化」

集まってくる流人たち。

道化「騒がせてすまなんだの。この舞に免じて笑ってくれ」

道化、ましらのように踊る。
流人の童が無邪気に笑う。
舎利、道化に合わせて琵琶を弾く。

雑兵頭「道化。共に戦わぬか?(流人達に)お前らもどうだ! 都人に一泡ふかせてやろうじゃねえか!」

道化とともに踊る流人達。

雑兵頭「ふん。負け犬どもめ」
老僧「はい。ここは犬畜生が一休みする街。都と交われぬ無縁の者の笑顔。どうか、そっとしておいて下さらんか」

雑兵頭、唾を吐く。
犬丸、踊る道化と流人を見つめる。


○同(夜)
蓆を広げ座っている道化。

英林の声「家督を巡り家が割れ兄弟縁者が憎み合い、天下の往来で骨肉相食む諍いを繰り返す。これが今の世だ」

道化、傍で眠る乞食の子らを見つめる。

道化「兄弟縁者か。羨ましいな」

川の向こうに屋敷の灯が見える。
すくいあげるような道化の眼差し。

道化「あの灯を、あの温もりを、一族兄弟の縁を、しがらみと忌み嫌う罰当たりどもめ。いっそこの物の怪が喰ろうてやろうか」

乞食の子らが無邪気に寝息を立てている。

道化「逆恨みだな」

道化、横になる。

舎利「骨皮道化様」

舎利、道化の枕元に立っている。
道化、舎利に手を差し出す。

舎利「貴方の縁は、私ではありませんよ。きっと他の誰かなのです」
道化「誰からもそう言われてきました。だから誰もいません」
舎利「家に戻られませ」
道化「そんなものはない」
舎利「奥方様がお待ちですよ」
道化「そんなものはおらん!」
   
道化、頭から蓆を被る。
静寂。
道化、飛び起きる。

道化「トミ?」

(つづく)

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