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最悪(10)

○裏吉原・通り2(夕)
立ち並ぶ商家に人々や荷車が行きかう。
一際大きな煉瓦造りの館『天網商会』
 
○天網商会・玄関座敷(夕)
中は組子窓が設えられた豪華な木造。
大福帳を手に番頭、駆けまわる丁稚。
柱時計が五時を示して鳴る。
 
○同・廊下(夕)
雑巾がけをしていたサトが立ち上がる。

サト「いえす! みっそんこんぷりいと!」

奥座敷から他の女中が睨みつける。

女中3「身勝手な女。何で辞めさせんのやろ」
女中4「タタラの一族って話いね。どっかで使い道があるって思っとんやないん」
 
○裏吉原・通り2(夕)
サト、断髪ブーツの姿で走る。

女中3の声「鬼の娘かん。気持ち悪っ」

○黒金村・川辺(夕)
土手で童たちと蝶々を歌っているサト。
と、着流しで髭を外した修理が現れる。
修理、手拭を濡らし碑の落書きを擦る。

サト「え? お代官様?」

修理、無視して落書きを消し続ける。

童1「ねえサト先生。手伝おっか」
サト「そうやね」

童とサト、各々手拭で落書きを消す。

サト「ひどいことしますね。そりゃ確かに、目障りな記念碑かも知れませんけど」
修理「先生と呼ばせてるのか」
サト「いえいえ。この子達が勝手に私を慕って。もう困っちゃうわん」
童2「ねえサトちゃん。裏も消す?」
童1「おい先生って呼べって言われとるやろ」
童2「ごめんなさいサト先生」
童1「大は?」
童2「サト大先生」
修理「……」
サト「……」

それきり黙って拭い続けるサト。
     ×   ×   ×
きれいになっている碑文。
修理、童たちに草笛を作ってやる。
サト、草笛を口にするも全く吹けない。

修理「そんな事も出来んのか」
サト「そちらこそ以外ですね。坊坊(ボンボン)なのに」
修理「かつては百姓をしておった。だから、実は政がまだよう分からん」
サト「よう分からんのに鬼の長老を追い出したんですか」
修理「奴らが製鉄の近代化に文句をつけていたのは事実だ」
サト「それが何か問題でも?」
修理「問題であろう。村が取り残されてもいいのか」
サト「追放するほどの事ですかね」
修理「産業の近代化は国是である」
サト「ようは代官が商人の言いなりってわけ」
修理「お前の大好きな四民平等ってヤツだ」
サト「それって逃げちょるだけやあね」
修理「何だと? 女ごときが」
サト「偉そうに。男ごときが」

と、童の一人が草笛を鳴らす。

童3「鳴った!」

騒ぐ童らを尻目に立ち上がる修理。

サト「逃げちょるだけ。まあ、私も人様のこと言えんか」
修理「……」
サト「どうせ家の仕事無視して遊んどるようにしか見えんかったやろうね。世間様には」
修理「それで奉公に出されたか。不良娘め」
サト「自分から出たんです。あんな家」
趣里「ふん。しかと励むがよい」
サト「お互い様です」

修理、去ってゆく。
一枚の紙切れを熱心に読んでいる童1

サト「何それ?」
童1「兄ちゃんに貰った。父ちゃん母ちゃんには見せんなって」
サト「私には見せてええん?」
童1「ええと思う。これは若者だけが見れるもんだって」

童1、サトに紙切れを見せる。
ギョッとなるサト。
文面には赤い筆で『天誅』の文字と、黒い筆で激しい檄文。

サト「時は来たれり。今こそ黒金村に自由と民権を。悪代官を罷免し、政に革命をもたらさん。桃の木の下、集え若者」

檄文の最後に簡単な地図。

サト「桃の木の下……?」

(つづく)

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