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最悪(その5)

○同・とつくにの間(夜)
和洋折衷の豪華な寝所。
身の丈ほどの漆塗りの箱を前に修理。
箱から聞こえるサトの歌声。

サト「Hänschen klein geht alleinIn die weite Welt hinein」

修理、微妙に揺れる箱に顔をしかめる。

サト「Stock und Hut steht ihm gut,Ist gar wohlgemut」
修理「おい」

サトの歌が止まる。
箱に巻かれた赤い紐をほどく修理。
箱が開くと、髪を結いドレスを纏ったサトが仏頂面で姿を現す。

修理「天網屋の女中。サトとはお前か」
サト「イエース」

サト、スカートを摘んで挨拶。

修理「常より派手なナリで髪も結わず男勝りに異国にかぶれておると聞くが」
サト「イエース」
修理「その上、童どもを集め学問所の真似事などしておるそうじゃな」
サト「イエース」
修理「天尽に躾を頼まれた」
サト「オーノー」
修理「世は四民平等文明開化じゃ。仕来りに縛られよとは言わぬ。だがお前の言動が主の評判を落としておるとは思わぬのか」

サト、難しい顔で口を噤む。

修理「思わぬのかと聞いておる」
サト「フリータイム、イズ、ええと、マイ仕事、ノー」
修理「ちゃんと喋れんなら日本語を使え」
サト「天尽さんは只の雇い主! 社長! 親でもなければ師匠でもないわ。仕事以外で私が何しようととやかく言う権利なんかない。勿論貴方にもよ。メイヤードウメキ!」
修理「なんて面倒臭い女だ……」

修理、襖を一瞥する。
そして大仰に笑ってみせる。

修理「おうおう威勢がいいのう! だが、そういう生娘を自分好みに躾けるのもまた一興じゃて。天尽め、心憎い付け届けをしてくれるわい!」

サトににじり寄る修理。

サト「やだ。テンプレット! 悪代官のテンプレット!」
修理「おやめ下さいお代官様じゃろう。昨今の娘は様式美というものを理解しておらぬ。まずはそこから教え込んでやろうぞ。うっひっひっひ」

サト、膳を蹴って逃げようとする。
サトを捕まえてベッドに押し倒す修理。

サト「イヤーーーーーッ!」
修理「その前に!」
 

○同・廊下(夜)
修理、襖を開ける。
聞き耳を立てている小者。

修理「消えよ」

小者、慌てて去る。
 

○同・とつくにの間(夜)
襖を閉じ、サトを一瞥する修理。

サト「わ、私、その、初ものとかじゃないけえね。む、むしろ、村中の男をとっかえひっかえじゃけえね。ああ~ん、もう、ぶち濡れちょるわあ~」
修理「お前もだ」
サト「はい?」
修理「いいからもう下がれ」

修理、ベッドの後ろの小窓を空ける。

修理「ここから裏口に出られる」
サト「……え? チェンジ?」
修理「下がれって言いよるやろうが! せわしい!」
サト「はあ? せわしいって何よ? こっちは、無理矢理捕まえられて箱詰められて布団に叩きつけられて。で、間近でよく見たらそうでもないや~。ってか。こいつ割とキツイってか。この悪党! あんた本当の悪代官よ!」
修理「うるさい! 俺は妻一筋だ!」

沈黙。
ししおどしが鳴る。

サト「……え?」

修理、真っ赤になって膳を片付けだす。

サト「一穴主義?」
修理「お前、さっきから下品すぎるぞ。文明開化と破廉恥は違うからな」
サト「す、すみません」
修理「役人の検閲に、世直し天狗に、その上馬鹿娘の夜の手解きまでとは。全く、いい加減やってられるかよ」
サト「役人? そうだ、その人ってどうなりました? 代官所に連行されたみたいやけど」
修理「何だ。知り合いか?」
サト「というより通りすがりに少々ジェントルして頂いて」
修理「どんな状況かさっぱり分からん」

修理、膳を直し一息つく。

修理「その者は一旦、獄に繋いでいる」
サト「釈放されるんですか」
修理「考え中だ」
サト「まさか死罪とか?」
修理「だから考え中と言っている」
サト「じゃあ……また追放ですね。鬼の長老達にしたみたいに」

サトの表情が憂いを帯びる。

サト「受け入れもせず、立ち向かいもせず、目障りな物は全部見えない所に追いやる。それがあなた様のやり方ですもんね」
修理「ふん。首でも刎ねれば良かったか」
サト「いっそその方が鬼の誇りを守れたかも」
修理「聞きかじったような言葉を並べやがって。女に政の何が分かる」

サト、嫌味たらしく畏まる。

サト「少なくともあなたと様と前のお代官様方との違いくらいは、村の誰もが気づいておりまする」
修理「何?」
サト「偉大なる父、百目木刑部様」
修理「……黙れ」
サト「その後を継がれるは非常に苦しいことと思いますが」
修理「小娘が! 手打ちにしてくれようか!」

修理、腰の刀に手をかける。
焦るサト。

サト「負けんけえね……文明開化じゃけ!」

サト、意を決してにじり寄る。
柄を握る修理の手が震えている。

声「そこまでだ」

修理とサト、襖を見る。

声「黒金郡郡長百目木修理。時流に逆らい代官を名乗り、小さき村を恐怖で支配し、あまつさえ、か弱き娘を手篭めにするなどの悪行三昧。たとえ世を統むる天が許しても」

襖が開き、天狗の面を被った、着流し二本差しの侍が現れる。

天狗「この世直し天狗が許さぬ!」

(つづく)

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