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四神京詞華集/シンプルストーリー(19)

【狛さんズのターン】

○人さらいのアジト(夜)
苦戦の原因は勿論、狛さん自身のメンタルにあった。
相手は「お前行け」「いやお前が行け」と譲り合いの精神で一人一人倒れて行った田舎盗賊とはわけが違うようだ。
絶妙のコンビネーションで襲いかかって来る右覚と左輔。
一方が攻撃の時は一方が防御に徹し、こちら側はいつのまにやら防戦どころか回避で一杯一杯なところまで追い込まれている。
と、脳裏に語りかけてくる声があった。
それは狛さんにとっては幻聴というより情報整理に近い。
この人はどうやら思考そのものが個々に人格を持っているようである。
その特有の現象を皆さんご存知の四文字で端的に説明することが出来るが、今はそれどころではないのでとりあえず話を進める。
 
???「無様ね。このままじゃ狛戌丸の二の舞になるわよ」
狛亥丸「だったら手を貸してくれませんか? 正直、力づくは不得手なんでしす」
???「寅を呼べばいいじゃない」
狛亥丸「丑寅は最終手段です。何せこの刀のギザギザの方で相手の首をかき切るような輩ですから」
???「その輩に何度か命を助けられてるのよ、私達」
狛亥丸「私はなるべくなら善の力を信じたいんですよ。あなたや申、そして狛戌丸のように」
???「だから今も相手の剣を砕くことばかりに集中してるってか。コイツらって、そんなヤワな敵じゃないんだけど」
狛亥丸「ですのでこうしてお願いしてるんです。あなたなら生かさず殺さずのいい塩梅でケリをつけられるんじゃないかと。狛酉丸さん」
狛酉丸「冗談じゃない。甘っちょろい正義ゴッコには反吐が出るわ」
狛亥丸「全くもってそのために狛戌丸が死んで、この私が生まれた。私は皆から反吐を吐きかけられる正義の権化です」
狛酉丸「……難儀なことねえ」
狛亥丸「多分、それは『彼』が正義の力を信じているからでしょう。正しい力で生きたい。真っすぐな力で生きたい。自分自身も嘲笑ってしまうような自分が、まさに私なのです」
狛酉丸「禅問答は性に合わないわ。といってこのままアンタと心中するのもまっぴらね」
狛亥丸「代わってもらえますか?」
狛酉丸「ただ相手が手ごわい。アンタの言ういい塩梅ってのは保証できないわよ」
狛亥丸「致しかたありません」
狛酉丸「あともう一つ」
狛亥丸「出来れば早く。やられてしまいます」
狛酉丸「蝦夷穢麻呂とは口もききたくないわ。終わったらすぐに交代して」
狛亥丸「はい」
 
この間、実時間にして数秒である。
狛亥丸は懐中から迷企羅なる天部面を取り出すと、これまた瞬時にして今の宮比羅面と付け替えた。
ふと、その巨躯が幾分か細身になったように見えた。
同時に今まで刃を合わせることに腐心していた消極的な十二支刀が一気に、そして明らかに相手の躯体損壊を狙う方向に軌道修正される。
左輔は一瞬で戦う相手が別人に入れ替わった様な、虚を突かれる感覚に襲われた。
十二支刀の先端はソードブレイカーのそれと同様、いつでも相手の命を奪えるよう尖っている。
迷企羅大将面の狛酉丸はまるで啄木鳥のように左輔を襲い、彼を庇って躍り出る右覚にも全く怯むことなく的確に、刃を突きつけてゆく。
一対二の攻守は逆転し、ほどなく一対一となる。
まず狛酉丸は痩身の左輔に体ごとぶつかり、柄で鳩尾を突いた。
反射的に後ろにのけぞった左輔だったが、衝撃で息が止まる。
 
左輔「……がっ!」
 
そう、短く嗚咽すると左輔はうずくまり戦意喪失した。
 
狛酉丸「これでいいんでしょ? 面倒臭い」
 
狛酉丸は先程までの鈍重な動きとはうってかわって、軽やかに足を踏み鳴らしつつ右覚を見据えた。
 
狛酉丸「残り一匹ね。来な、番犬」
 
挑発に呼応し、右覚は吠え、飛びかかった。

(つづく)

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