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最悪(その3)

○黒金村・村内1(夕)
見渡しても見渡しても山と畑しかない集落。
羽織陣笠の修理が黒毛を駆る。
忠蔵、長三郎、家来どもが徒歩で従う。
山塊を向こうに、闊歩する代官一行。
畑仕事を止め、土下座する百姓達。
通り過ぎる代官一行。

百姓1「ケッ、いつまでつまらん習わし続ける気じゃ」
百姓1の親「阿呆。聞こえるぞ」

百姓1、忌々し気に作業に戻る。

○黒金村・川辺
闊歩する代官一行。
土手沿いの碑に童たちが集まっている。

忠蔵「こら! 何を悪さしておるか!」

年長の者の指示でひれ伏す童たち。
忠蔵、碑に歩み寄る。
『百目木刑部鬼泣川騒動仲介之碑』と刻まれた石碑に朱の筆で落書き。
『血税非道』『自由民権』の文字。

修理「……」
忠蔵「お前らあの傾奇娘に何を教わっておる」
童1「異国の歌です」
忠蔵「それだけか?」
童2「はい」
忠蔵「よいか。徴兵血税とは別に血を抜かれるという意味ではないのだぞ」
修理「忠蔵。子供らの仕業ではなかろう」
長三郎「はい。ついにこんな片田舎にも、民権運動が流れ込んできたという事でしょう」
忠蔵「ゆえにしかと教育を」
修理「捨て置け。いくさの時代は終わったのじゃ」

修理、碑をそのままにして去る。

○高殿・表(夕)
一際大きな山に、今まさに夕日が沈む。
山の麓に、高い屋根の大きな平屋。

タタラ衆の声「(歌)お天道沈む山の裾。その火を拝借有難や」
 
○同・中(夕)
高殿を支える四本の柱の中央に、土で出来た炉がせりあがって陣取る。
炉の両脇に踏みふいご。
赤い肌の、汗みどろの男達が交互にふいごを踏むと炉から炎が吹き上がる。
四方に炭町、小鉄町、土場、ドウ場。
玉の汗をながし整然と働く男達。
天領の鬼と呼ばれるタタラ衆の若者が過酷さを和らげる様に高らかに歌う。

タタラ衆「山の炎は池となり、土と混ざって鉄となり、町に下って銭となり、我らが村を潤さん。赤鬼の村を潤さん」

つかつかと入ってくる修理一行。

忠蔵「お代官様のおなりである! 集まれ!」
長三郎「ああ、小割どもだけでよい」

鉄の選定士たちがドウ場から出て来る。

忠蔵「何を言う! 若長(わかおさ)もじゃ! 来い!」

湯地穴から火を見ている亀作(27)が炭をくべる男に叫ぶ。

亀作「変わってくれ」
タタラ衆1「やけど村下の仕事はぬしが」
亀作「あんたもウラの親戚すじじゃろうが。何で俺ばっかり」
忠蔵「早うせんか!」

亀作とタタラ衆の一部が集まってくる。

忠蔵「お代官様」
修理「あ、うむ」

修理、大仰に笑う。

修理「いやいや。熱いのう」
亀作「へえ」
修理「大義である」
亀作「滅相もない」
修理「はっはっは」
亀作「……」
修理「いやはや。熱いのう」
亀作「(だからなんなんだよ)」

忠蔵、咳払い。

修理「因幡兼次が鉄の取引を終わらせたいと言ってきた。まあ、奴ら刀鍛冶も廃刀令で首が回らなくなってきてるのだろうが」
忠蔵「玉鋼の出来が少なすぎるからじゃ! クズ鉄ばかりこさえおって!」
亀作「申し訳次第もごぜえません」
タタラ衆2「畏れながら亀作は村下になってまだ一年ですけ。しかも急に。どうか長い目で見てやってくれませんかいの」

忠蔵、タタラ衆2に鞭を喰らわす。

忠蔵「長い目? うぬら青下郎共が早う早うと騒ぎ散らして大公儀を潰し、日本を滅茶苦茶にしたのではないのか? それを此度は長い目で見ろだと? 最早勘弁ならぬ!」
長三郎「ご無体がすぎまする。若輩者が全て志士だった訳ではありませぬ。こやつらは、いえ、我らはこの地でただただ誠実に」
忠蔵「肩を持つか長三郎」
長三郎「私は役人として公明正大に」

修理、帰ろうとしている。

忠蔵・長三郎「お代官様!」
修理「……もう少し腕を上げよ。このままでは天網屋とて売り捌ききれぬ」
亀作「精進いたしまする」
修理「確かに長老達を追放したのは早まったやも知れぬが」
忠蔵「(遮って)天領の誇りを忘れるな。散れ!」

作業に戻ってゆくタタラ衆。
その内の一人が忠蔵に付け届けを渡す。
修理一行、高殿を出てゆく。
休むことなく働き続けるタタラ衆。
 
○高殿・表(夜)
出て来る修理。箱馬車が止まっている。
と、一人の小者が灯りを手に近づく。

修理「天網屋の遣いか?」
小者「お勤めご苦労様でございます。主が宴をご用意しております」
修理「今宵も行かねばならぬか」
小者「はい。是非に」

大きくため息をつく修理。

(つづく)

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