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四神京詞華集/シンプルストーリー(2)

【夜の蝶々】

○白虎街・白面酒房(夜)
壁に飾られた色とりどりの狐面が下げ燈篭に照らされている。
円卓を囲む緑袍を纏った下級貴族の男達を、宴の花が接待する。
花といっても加工された名もなき野辺の花である。
胡弓が流れ、香の煙が漂い、嬌声が響く不夜の楽天地。
ここは白虎街の一角に構える白面酒房。
(現代語訳、キャバクラ)
一等身なりのよい壮年の貴族にしなだれかかる一等派手な飾りを纏った大袖小袖の乙女、織乎(おりこ)嬢。
現代語訳、ナンバーワンが大仰に悲鳴を上げてみせた。

織乎「いやだ~ん。こ~わ~い~ん」
貴族1「夜陰には非人遊女しかさまよっておらぬでな。大胆不敵にも黄昏刻を狙っての犯行よ」
乙女1「私達も気をつけないと~ん」
貴族1「左様。お前達とて穢人ならぬ善良な市女であろう」
貴族2「白虎街ははや非人だけの裏街道にあらず」
貴族3「昔と違って今の都にはなくてはならぬ歓楽街だからな」
乙女2「っていうか帰りは守って下さいよ~ん」
乙女1「お館までついていっちゃおうかな~ん」
織乎「もう。そんなお話やめましょう。もっと楽しいお話しましょうよ」
菜菜乎「いやいや。これって結構大事な事件ですよ」

化粧花鈿こそ施しているが些か垢抜けしきれぬ乙女、菜菜乎(ななこ)嬢。
(現代語訳、ヘルプさん)
が神妙に呟く。

菜菜乎「でも、何でわざわざ法を犯してまで人さらいを? 女子の売り買いなら穢人で事足りないんですか」
貴族2「足りん。全然足りん」
菜菜乎「そうなんですか?」
貴族1「男の欲望は果てなく深いものぞ」
貴族3「どうせ買うなら傷や汚れが少ない方がいいだろう?」
織乎「そんな。果物じゃあるまいし」
貴族1「織乎は果物であろう。とびきり甘いな」
織乎「いやだ~もう~」
貴族3「女なんて一皮むけば穢人も都人も同じというわけだ」
貴族4「もっとも呪われし禍人だけは御免被るが」
貴族2「関わったらナニが腐って落ちたりしてな。がははは」

聞くに堪えないセクハラ暴言に幾分怯む乙女たち。
だが菜菜呼だけは果敢に挑む。

菜菜乎「うふふ。腐って落ちたら私が拾ってくっつけて差し上げますわ。お・く・ち・で」

貴族達、手前の言動を棚に上げてドン引き。

貴族1「……いや、それはよい」
貴族2「おい。酒が足らぬぞ」
織乎「菜菜ちゃん。料理もお願いね」
乙女1「わたし桃」
乙女3「わたし餠」
菜菜乎「はい喜んで~」

山だの海だので捕られた鹿だのサザエだのを焼いただの煮ただのしたものが金だの漆だのの食器に盛られて調理場より出て来たので盆に乗せて運ぶこともまた新入りの花の主な仕事のひとつであり宴が始まってからしばらくして貴族×4花×4のカップルらしきものが漠然と成立しはじめた段階で菜菜乎は誰にも関心を持たれることなく別の業務へと移行する。
纏う領布をタスキに変え花鈿を落とし小袖から麻の袍に着替えると、堀河にゴミを捨てに行って戻ってくる。
そしてにおい消しの香を振りかけると次に呼ばれるまで店の奥で屏風に隠れて丸椅子に座ってうつらうつらと疲れを取る。宴の会話が途切れた時などに琵琶でも持って道化よろしく再び笑顔で推参仕らなければならないからだ。
勿論場末の酒場たるかような場所で大事なのは愛嬌一本であって演奏の質などでは全くない為、地下藤原家の雑仕女上がり、というか下がり程度の彼女の腕前でも「私、いささか詩歌音曲に秀でておりますのよ」で十分通用するのだからその点は気楽なものであった。
礼儀でも教養でもセンスでもなく、恐らくは美貌すら二の次で、根性。
ようは愛嬌と根性!
ただそれだけで何かにつけ色々と気を配らなければならないわりに死ぬほど地味な召し使いなる仕事よりも、はるかによい暮らしができるこの不夜の街のお勤めを、菜菜乎は気に入ってしまっていた。
というか最早天職とすら感じ始めていた。
と、深紅の花が一輪、外界より舞い戻ってきた。
朱の大袖小袖に玉宝髻を頂いた妙齢の、しかし息を呑むほどの美女に、地下貴族どもの会話が止まる。

貴族1「玉藻どの! お待ちしておりましたぞ!」
貴族2「ささ! こちらへこちらへ!」

酔いのまどろみにあっては男心は小娘よりもむしろ熟女に傾く。
先ほどまで若い自分たちに鼻の下を伸ばしていた男どもに半ば袖にされつつある乙女嬢たちも、しかし内心はどうあれ、甘い匂いを放つ実を成したその大輪の花を歓迎した。

乙女1「おかえりなさいませ玉藻様!」
乙女2「お疲れではございませんか?」

白面酒房店主。
(現代語訳『ママ』)
その名も麗しき、玉藻。
かの蘇我左大臣の愛妾とも噂される、白虎街いや都いちの傾城は地下ごとき者どもにも分け隔てなく惜しみない笑顔を見せる。

玉藻「丸部兵足様、太円麻呂様、後家長人様、そして大伴年麻呂卿。今宵はお越し頂き有難うございます。所用で席を外しておりまして御挨拶が遅れてしまい、まことにご無礼を致しました」
貴族4「おお、年麻呂様だけでなく我らの名前までも覚えておられるか」
織乎「玉藻様は一度来られたお客様の名前は全て覚えておられるのです」
玉藻「それは違いますよ織乎。いずれ大人物となられるであろう殿方のお顔と名は忘れようにも忘れられないだけです」
貴族4「わはは。憎いことを言うてくれる!」
貴族1「さあ! おおいに飲もうぞ! 酒だ酒だ!」
(現代語訳、はいシャンパン入りました)

菜菜乎は屏風の影で琵琶を構えて準備をしつつ、秒で客を魅了し殺す玉藻のプロフェッショナリズム溢れるトークスキルに、ただただ感嘆のため息をついた。

(つづく)

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