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最悪(13)

○同・表門・内側(夜)
丸太で壊され、開かれる門。
若者達が乗り込んで来る。
数名程度の家来を従え、現れる忠蔵。

忠蔵「いずかたの者か! 首領は前に出よ!」
百姓1「首領などおらん」
百姓2「僕達は皆平等だ」
百姓1「百目木修理殿に、郡長の座を退いて頂きたく結集した」

勢いよく付き立てられる訴状。

忠蔵「下郎。うぬらの決める事ではないわ」

変装し、紛れこんでいる桃介。

桃介「いや。下郎の決めることだ。村の行く末、町の行く末、国の行く末、全て我ら民衆が決める。それが国是、文明開化だ」

忠蔵、刀を抜く。

忠蔵「うぬが首魁と見た。尋常にたち合えい」
桃介「偽物の剣など相手に出来ん」
忠蔵「おぬし……まさか」

若者の数名が、銃を突きつける。

忠蔵「何じゃそれは。どこでそんなものを手に入れた!」
桃介「我らには強大な後ろ盾がある。新時代という強大な味方が」

忠蔵の足元に発砲される。

桃介「我らの仲間はこの村のどこにでもいるぞ。野に、山に、畑に、川に、タタラ場に」

家来、一人また一人と逃亡する。

桃介「そして代官所に」

と、忠蔵の背後に世直し天狗が現れる。

忠蔵「……!」

天狗、忠蔵に切りかかる。
忠蔵、手傷を負う。

桃介「若き力の全てが我らの、私の仲間だ!」

忠蔵、逃亡する。

桃介「代官を引きずり出せ!」

代官所に乗りこんでゆく一同。
桃介、天狗を前に面を外し素顔を晒す。

桃介「御苦労さま」

面を外す天狗。
その素顔は、由比長三郎。

長三郎「無駄だ。代官は消えた」

○(回想)代官所・代官屋敷・庭園
簡素な庭で剣の稽古をしている修理(10)と刑部(42)

刑部「目を背けるな! 相手をしかと見よ!」

修理、刑部に打ち据えられる。
 
○(回想)白金屋・鳳凰の間(夜)
上座、膳を前に洋装の商人たち。
下座に並ぶ修理、忠蔵、長三郎。

商人1「今は反射炉の時代。なんぼ言われてもタタラに金は出せまへん」

脇ですましている天尽。

天尽「郡長殿。最早製糸業に移るべき時かと」
商人2「そや。それなら金出そう」
商人3「黒金の鉄くずより、よほどええ」
商人1「有象無象を集めて糸こさえたらよろしい。田舎の皆さんで一緒に儲けなはれ」
修理「……合併か」
忠蔵「何卒、お願い致す! 誇り高き黒金の為! タタラの近代化に是非ご尽力を!」
商人1「ならその誇りとやら見せて下さい」
商人3「鼓、連歌、禅、能楽……まあ、何でもよろしおす。わてら卑しい商人やさかい勉強させて下さい。お代官様」

商人たち、修理を茶化し始める。
顔を赤くしてうつむくだけの修理。

刑部の声「目を背けるな! 逃げるな!」

立ち上がる忠蔵。

忠蔵「田舎田楽! お目汚し致しまする!」

忠蔵、田楽舞を踊る。

忠蔵「長三郎!」

長三郎、田楽舞を踊る。
修理、目を伏せて震えている。
 
○(回想)代官屋敷・庭園
刑部に打ち据えられる修理。

刑部「それでも侍か! この代官の倅か!」
 
○森(夜)
長老たちの棍棒が修理を痛めつける。

刑部の声「逃げるな! 逃げるな修理!」

○森のタタラ場・中(夕)
広い穴倉の中に、高殿と同じ設え。
剥き出しの岩肌のそこかしこで酒盛りをしている長老達。
ウラ、杖を支えに立ち外へと向かう。

長老2「おうお頭。どちらへ?」
ウラ「豚の様子を見て来る」
 
○同・外(夕)
柵の中、豚と一緒に囲われている修理。
鍋を手に山の洞窟から出て来るウラ。
修理、ウラから目を背ける。

ウラ「餌の時間じゃ」
修理「……儂の過ちであった」
ウラ「……」
修理「父を殺した下手人が現れた。お前たちの疑いは晴れた。村への帰参を許す」
ウラ「そんなはずはない」
修理「なに?」
ウラ「刑部殿を殺した下手人は、最早この世にはおらん」
修理「どういうことだ」
ウラ「餌の時間じゃ」
修理「何を知っている。答えろ。そうすれば、もう一度鬼の長として認めてやるぞ」

ウラ、鍋を返し修理の前に残飯を撒く。

修理「村に戻してやるぞ、鬼よ!」

去ってゆくウラ。
残飯にたかる修理。
 
○同・外(夜)
豚に混ざって眠る修理。
 
○同・外(朝)
豚と一緒にウラに叩き起こされる修理。

ウラ「餌じゃ」
修理「……答えろ。誰が父上を殺した。答えろ」
ウラ「同じことを。ぶうぶうぶうぶう。うるさいのう」

修理のまえにぶちまけられる残飯。
残飯にたかる豚と修理。

○同・外(夜)
修理、吐いている。
ウラ、鍋を手に現れる。

修理「黒金村は潰れかけている。儂のせいだ。お前達を追放したから鉄の質が下がった。村の為わだかまりは捨てようではないか。戻ってタタラの若者を指南してくれ」

ウラ、うつむく修理の頭に残飯を撒く。
 
○同・外
ざんばら髪で朦朧となっている修理。
ウラ、鍋を手に現れる。
修理、うつむいたまま何かを呟く。

ウラ「何じゃ。ぶうぶううるさいぞ」

ウラ、柵に近づく。
修理、ウラの手を掴んで引き寄せる。

修理「いう事きかんならもうええ」
ウラ「……」
修理「鬼婆めが。ずっと儂を閉じ込めちょけ。お前らが父の仇っちゅうなら殺す。それだけじゃ」

修理、血走った目でウラを睨みつける。

ウラ「やっと武士の目になったか」
修理「……」
ウラ「刑部殿は人も鬼も分け隔てなく接した。等しく皆の目を見て、そして力ずくで己のやり方を貫いた。士道も、賄賂も、ちゃんと儂らの目を見て」

ウラの白く濁る目に修理が映る。

ウラ「水車ふいごか。いや……もうおそい。儂らの頑なさが村を潰したんかも知れん」

ウラ、柵を開く。

ウラ「鬼婆は。人なんぞ食わんわい」
修理「下手人がいないとはどういう意味だ」
ウラ「またぶうぶうと鳴き始めたの。うぬの仕事は政か? それとも邏卒の真似事か?」

ウラ、洞窟の中に去ってゆく。
修理ウラを追おうとするも立ち止まり、踵を返して山を下る。

(つづく)

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