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四神京詞華集/NAMIDA(24)

【いもうとができましたv(^▽^)v】

○菅原石嗣の館・書斎(10年前)

「ぎゃあああああああん!」

棚も揺れんばかりに少女の絶叫が響き渡る。
中空を飛び暴れまわる巨大なオニヤンマ。
床を這い逃げまわる慧子。
と、小さな指が一本、天を差す。
蜻蛉は静かにその指で休む。
唐衣を纏い花鈿を施した少女はしばらく指に止まった虫を愛で、そっと外へと逃がした。
慧子は生きた人形のようなその少女に、一瞬で魅了された。
「新しい召使だ。卑奴呼という」
それだけ言うと石嗣はすでに部屋から出ていた。
娘の前に東国の穢人から買い入れた卑奴呼なる人形を残して。
     ×   ×   ×
軒に肩を並べて座っている慧子と、卑奴呼。

慧子「仏さまって知ってる?」
卑奴呼「知りません」
慧子「ヤバイよ」
卑奴呼「ヤバイ?」
慧子「知らないのもヤバイし仏の力もヤバイの」
卑奴呼「ダメなのかスゴイのか分からないです」
慧子「どっちも」

慧子は棚から一巻の巻物を取り出し床に広げる。
そこには色とりどりの仏が整然と並んで描かれていた。
中央の如来を囲み、菩薩、明王、外郭には異形の神々。
その数、四百九体。
卑奴呼は思わず目をしばたかせた。

慧子「これが宇宙です」
卑奴呼「宇宙って?」
慧子「都の外の、大和の外の、唐の外の、外の外の外の全てをひっくるめたこの世の全部です」
卑奴呼「うそ! こんなんがいるの?」
慧子「こんなんいうな」
卑奴呼「怖い」
慧子「怖いいうな」

慧子は鼻息を荒くして語りだす。

慧子「これはたいぞうかいまんだら、を私なりに作りかえた慧子界曼荼羅。ちがいはね、元々大日如来がまんなかに座ってるのをお釈迦さまに変えてるところ」
卑奴呼「おしゃかさま?」
慧子「そこからか~」
卑奴呼「すみまっせん」

慧子界曼荼羅。
よく見ると執拗なほどに細かい、ただの落書きである。
木簡丸読みのまま、一席ぶつ慧子。

慧子「ごうたましったるだは、かびらえの王子にしてとく高き僧りょなり。かの教え、しょてんほうりんにて中道しそうをつかみしものは、とこしえの安らぎをえられるものなり。もってそれをネハンという。四神京もまたかの教えにしたがいて」
卑奴呼「ZZZ……」
慧子「寝るなーっ!」
卑奴呼「す、すみまっせん!」
慧子「私の召し使いになるんだから、ちゃんとしてもらわないと困ります」
卑奴呼「が、がんばります!」

慧子、卑奴呼の前に本やら木簡やらをドカッと置く。

卑奴呼「あの……字読めないの、私」
慧子「あっそ。じゃまずは書き取りからでいいから。一緒に勉強しよ」
卑奴呼「ベンキョー?」
慧子「私、この家をもっともっと偉くするために勉強して、この国初めての女学生にならないといけないの。大変っしょ」
卑奴呼「オンナガクショー? タイヘンッショー?」
慧子「頭がよくなれば、きっと偉い貴族のお嫁さんになれるはず。四神京は学問の都、仏の都、本と文字の都。とりあえずそうね、卑奴呼は好きな仏様をひとつ作ってね。話はそれからだ」
卑奴呼「じゃあこれ」

卑奴呼は適当に仏の一体を差す。

慧子「じゃあっていうな! これっていうな! てか、そういう所だぞ! そういう所から直してけ!」

と、ギンヤンマが一匹紛れ込む。

慧子「ぎゃあああああ!」

○蝮山・中腹(夕)
ギンヤンマは宙を舞い、やがて指に止まる。
慧子の指に。
慧子は優しく蜻蛉を見つめると再び空に放つ。

「何を遊んでおるか。日が暮れてしまうぞ」

先を往く穢麻呂が抑揚なく告げ、細い瞳で一瞥する。

慧子「奥の院、まだですか?」
穢麻呂「もう過ぎた」
慧子「はあ?」
穢麻呂「目指すは頂である」

普段と変わらぬ袍に襟巻で軽々と山を登る穢麻呂の後を、頭には布、鈴懸、沓に網を巻いた慧子が杖を支えに必死でついてゆく。
汗に塗れ不細工に歪んだ顔を曝け出しながら。
その様を穢麻呂は助けもせず、だが嘲笑いもしなかった。

(つづく)

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