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四神京詞華集/シンプルストーリー(7)

【オミズノハナミチ(前編)】

○白面酒房
宴の花たる乙女×2
ヘルプ×1
お面×1
第三テーブル、現在のメンバー配置である。
貧民窟の酒場とて馬鹿にしたものではない。
むしろ貧民は立ち入ることなどできない。
ここは都の官僚が思い切り羽を伸ばし羽目を外す場所。
こう見えて社員教育も緘口令もバッチリな超一流スナックである。
故にどんな器量よしだろうと痣持ち禍人のお面装着は必須である。
引かれるから。
だから最初は誰もが訝しがった。
なにせ宴の花の中にキノコが混ざってるのだ。
どう見ても毒キノコっぽい物体が。
それを玉藻ママに百点満点の営業スマイルで
「まあまあ一度お試しになって。うふん」
と勧められれば男としては頷くしかない。
そうなればこっちのもの。
このお面の中身、器量はさておき自称都いちの才女(奇のつく才の方)
文章博士菅原石嗣郎女慧子なのである。

○呉女面の内部
ナミダ「しかもひと月前までは藤橘の姫君をも従えた女学生なり。三下官僚に調子を合わせて教養と滑稽さを織り交ぜながら話に華を咲かせるなど造作もありませんことよ。おほほほ」

○白面酒房
ナミダ「真澄鏡(ますかがみ)~ただひとめのみ君を見ゆ~ぬばたまの夜に永久(とこしえ)となれ~」

不気味なお面の奥からひびく素っ頓狂な声に、そして得体の知れない個性とノリに、はじめは当惑した官僚たちであったが。

ナミダ「真澄鏡~恋衣映すぬばたまの~夜も日もあけず~我泣きぬれむ~」

この妙な世界観は一般常識あるいは一般良識の範囲内で気取って生きてきた地下貴族の度肝を抜き、やがて魅了へと至らしめてゆく。
つまりはきゃつらのそのあたりの凡庸さが、彼女がこれまで相手にしてきた公達なる高級官僚との最大の違いである。
そうしてついに、酔っ払い達はナミダをやんややんやと持て囃しだした。
下から突き上げられ上から押し付けられる日々を送る中間管理職の彼らは、こういう場所では過剰な程に馬鹿になる。
いや、そもそもが馬鹿になりにここに来ているのだ。
誰にも馬鹿にされずに、馬鹿になるために。
彼女は面の奥で会心の笑みを浮かべた。

○呉女面の内部
ナミダ「低! 男の壁(ハードル)低っ! もしかしてこの仕事天職かも! ぬふふふ」

○白面酒房
いよいよ調子づいたナミダは歌に合わせて下手くそな舞いなどをはじめる。
それがまた盛り上がるのだから奇妙な話だ。
いくら面を被って別人になる快感を覚えたからといって、こりゃなかなかの好(よ)きかな状態だぞっ! と『鬼のコツ』を掴み始めている。
紀御曹司とラブストーリーチックなことをしていた第一話の淑女っぷりなど最早見る影もない。
まさに何面相かの女怪人。

ナミダ「真澄鏡~ぬばたまの夜に~」
菜菜乎「(真澄鏡とぬばたまばっかじゃない)」

はい、そうやって心中素に戻るところがヘルプのヘルプたる所以です。
そう、あなた、菜菜乎さんと仰いましたか?
あなたです。
面白くない。
根性は認めるが、お前、つまんない。
その点人気だけで言えば、空回りを恐れて毒にも薬にもならない態度を貫く田舎娘よりもこちらのお面の女怪人の方が、今は圧倒的に上のようだ。
勿論ナミダは誰にも素性を明かしてなどなかったが、その態度というか匂わせというか、滲み出る、いや率先して滲み出している前へ前への自己顕示欲は感心すべきところがある。

ナミダ「おっほん。失礼をば」

と、ナミダは咳払いひとつで空気を変えた。
これも宮中子女の宴で鍛えられた賜物のひとつだ。

ナミダ「所で皆様、釈尊八正道の中でどれが一番難しく感じられまするか? ま、勿論人それぞれと言ったところですが」

個性的な歌からの、突然の教養トーク。
当然、ぽか~んとなるだけの宴の花の乙女たち。
こういうマウントの取り方こそナミダいや菅原慧子の強みである。もっともそれがまた同時に恨みを買った原因でもあり、プライドの高い公達に小癪と思われてしまい、可愛げがないと他の姫君に後れをとった要因でもあったのだが、そこはそれ、このお話のヒロインたるナミダさん。
(今のところはな!)
いつまでもかつての私ではありませんことよ、とばかりに、花同様ぽか~んとなっている無教養男どものフォローに入る。

ナミダ「あ、すみません。つい昔の堅苦しい癖が出てしまいましたわ。勿論内裏のお勤めに従事されていらっしゃる皆様にとっては釈尊の教えなど基本中の基本でございましょう。八正道。つまりは八つの正しき道。即ち正見、正語、正業、正命、正念、正定、正思惟、正精進」

これみよがしに、そしてご丁寧にいちいいち宙に向かって指で文字まで書いてみせてあげると。

ナミダ「私はもっとも大切なのは正精進。正しく精進することと思いまするが如何に?」

なるほど、ここまでヒントを出せば男どもも話を繋げやすいというものだ。

本日のお客1「(正見……ふむふむ)いや、私は正しく見るが肝要と思うぞ」
本日のお客2「(正語……そういうことか)いやいや、俺は正しい言葉を使うを旨としておる」
ナミダ「ああさすがは殿方ですわん! ご存じだったのですねん! 全く、私如き女子の浅知恵など及びませんでした。お恥ずかしい限りです~ん」

どこがさすがで何が恥ずかしいのか己がひり出した台詞ながらさっぱり理解不能だが、こんな適当な感じでへりくだれば男なんて機嫌よくのぼせ上がることをナミダ(の中の人)はすでに学んでいた。
これまでは馬鹿馬鹿しくて実践しなかっただけで、失うものなどなくなった身となってはオベッカもオモネリも気楽なものだ。
何もかも人生経験、と我が釈尊も仰られている。

本日のお客3「なんの。そなたこそ禍人とは思えぬ博学ぞ。さぞや名のある名家の出と推察する」
本日のお客2「あるいは天下国家を揺るがす大事件に巻き込まれた、悲劇の姫君ではあるまいの?」
ナミダ「まあ、それはご想像にお任せいたしますわ。おほほほ」

如何わしい毒キノコがいつのまにやら宴の森の中心に、花をどかして生えている。
なんたるしたたかさ。
なんたる生命力。
さすがは学者肌の父に代わって家格を上げようとした若き烈女(自称)
男どもを過剰に持ち上げつつも、絶対に私一人を特別扱いさせてやるという闘争心というか、健康的に歪んだ状態で伸びている性根というか、とにかく絶賛呪われ中にも関わらず、なお不健全な元気に満ちている。
四神京詞華集のヒロインたるナミダの最大の武器は、この恐るべき順応性とご承知おき頂いた上で今後も読み進めて頂きたい。
それはやがて吉と出るか、凶と出るか。

(つづく)

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