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四神京詞華集/シンプルストーリー (10)

【選ばれた女】

○白面酒房・控えの間(夕)
鏡を前に化粧花鈿を施している宴の花の乙女達。
ナミダは依然、お面を被ったまま先輩にお茶を出している。

織乎「それ、蒸れない?」
ナミダ「ムレムレっす」
織乎「外せば?」
ナミダ「いやいや結構きついっすよ、中身。泣きだしちゃう人もいるんじゃないかな~? デュフフフ……」
織乎「夜の華を侮らないでよね」

乙女達、ふと神妙になる。

織乎「呪いこそ受けちゃいないけど、私達だってみんな修羅場は潜ってきてるわ。悍ましいもの、目を背けたくなるようなものだって山程見てきてる。あんたの素顔見たくらいで委縮するような肝の座ってない女はここには一人もいないわよ」

少し小馬鹿にしたように余裕を見せる織乎の嘲笑は、優しさとシンパシーの現れである。
むしろ萎縮したのはナミダだった。
ふとおのれを鬼と呼び悲鳴を上げて逃げ回った貴族達の姿が頭をよぎる。
二度と友達なんて作らないと決めたはずだった。
それなのに心が揺らぐ。
もう一度、人を信じてみようかなと。
長い戸惑いの後、そっと面に手をかけたその時。

織乎「まあいいわ。ここは自由の街だからさ」

織乎と乙女たちの意識も話題も、とうに別の話へと移っていた。

織乎「ところで菜菜乎、遅いわね」
乙女1「根をあげたんじゃないの?」
乙女2「私もそろそろじゃないかって思ってたわ」
ナミダ「このお店、そんなに入れ替わりが激しいんですか」
乙女2「今年に入って5人目よ。みんなお上りさんばかり」
乙女3「何だかんだ言って、田舎者は根性がないわね」
織乎「帰る故郷があるからよ。私達と違って」
ナミダ「上京してきた新入りばかりが5人も……」

(この店を発端に消えた)とまでは、当然口になどしなかった。

織乎「お茶、お代わり」
ナミダ「はい喜んで~」

と、その5人目が欠伸をしながら現れる。

織乎「随分遅いお出ましね、菜菜乎」
菜菜乎「すみませ~ん。昨日は夜遅くまで忙しくて」
乙女2「どう忙しかったのよ?」
菜菜乎「まあ色々と」
乙女1「その割には掃除、行き届いてなかったけど」
菜菜乎「あ、そっちの忙しさの話か~すいませ~ん」
乙女2「はあ? 何、その態度!」

乙女達、菜菜乎を取り囲む。
だが菜菜乎はもう怯まない。
ちっとも羨ましくない。
四神京の都人『程度』など、仏の国を目指す高貴なるお方の従者たる自分にとっては、もはや空咳きひとつで吹き飛ぶ存在となったのだ。
彼女は、一生この薄汚れた街で生きてゆかねばならない哀れな女達に寛大な気持ちで謝罪した。

菜菜乎「ごめんあそばせ」

○白面酒房(夜)
っていうか、もう掃除なんてどうでもよかった。
と、気分的には鼻でもほじりながら雑務をしている菜菜乎に向かってナミダ(キャストオフver.)が話しかけてきた。
唐突に。

ナミダ「こないだの男の人、蘇我有鹿様ですよね」

二重の意味でギョッとなる菜菜乎。

菜菜乎「あんた、やっぱり貴族の出なんだ」
ナミダ「文章博士の娘菅原慧子と申します」
菜菜乎「お姫様なのに呪われちゃったんだ。大変ね。ご家族は?」
ナミダ「まあ、色々と……大変っす」

今の軽口は菜菜乎もさすがに失言だったと感じ(だが謝らない)少しばかり話題をずらした。

菜菜乎「娑婆ことばもここに馴染むための芝居?」
ナミダ「その辺もまあ微妙な感じなんすけど、聞きます?」
菜菜乎「別に。興味ないから」
ナミダ「そちらこそ左大臣の息子にして天下の中納言様と何か素敵な事でもございましたか? たとえばこの間の夜なんてどうでしたか? ちゅっちゅしちゃいました? 中納言だけに! 違うか! わはははは!」

眦の痣を除けば意外と上品な顔に似つかわしくない実に下品な問いかけだ。
この女、性根は井戸端会議のおばちゃんと大差ないのだろう。
堕ちるべくして堕ちてきたというわけか。

菜菜乎「(都の擦れた姫なんてこんなものよ。有鹿様はきっとそれが分かってるから素朴な私を傍女に選んでくれたんだわ)」

そう思うと玉藻の緘口令もどこへやら、この女には、いや、この女にだけは本当のことを話したくなった。
都の姫に勝ったという証を。

菜菜乎「誰にも話さないでよね……実は」

(つづく)

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