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最悪(その2)

○代官所・白洲
縄打たれたまま蓆に座っている桃介。
その後ろに突棒を手にした家来ども。
公事場の縁側に座る忠蔵と年若の家臣、由比長三郎(25)

長三郎の声「黒金村代官百目木修理亮(どうめきしゅりのすけ)さま~! 御出座~!」

裃姿の修理が公事場の座敷に姿を現す。
桃介、飄々と修理を見据える。

忠蔵「控えい! こちらをどなたと心得る!」
桃介「お代官様でしょう。今聞きました」

家来、突棒で桃介の頭を下げさせる。

修理「これより吟味を致す。おもてを~~~上げいっ!」

顔をあげる桃介。

桃介「吟味するのはこっちの方です。黒金郡郡長百目木修理どの」
忠蔵「勝手にものなど申すな!」

突棒を喰らう桃介。

修理「芹沢桃介。公儀巡検使を騙り村内を騒がせたる由。左様相違ないか」
桃介「公儀も巡検使も、制度上もう存在しませんが」
修理「う……」

言葉に詰まる修理に咳払いする忠蔵。

修理「そ、その上、天領代官たる我が碑文に荷物を投げ置く無礼千万。これはつまり、徳川公方様への意趣ありとみてよいか」
桃介「天領も徳川も公方も存在しませんが」
修理「そ、それはそうだが、まあ、仕来りというか」
忠蔵「軽口を叩くでない! 詮議の場ぞ」

桃介以上に怯む修理。

修理「せ、詮議の場ぞ!」

桃介、突棒を喰らう。

桃介「(呟く)話通りの時代錯誤だな。ならばこちらも」

桃介、大仰にひれ伏す。

桃介「ご無礼の段。平にご容赦~!」
修理「うむ。それでよい」
桃介「はは~っ!」
修理「うむ~っ!」

沈黙。鳥の声だけが響く。

長三郎「……(促す)お代官様」
修理「で、では裁きを申し渡す! 早々に所払いを」
桃介「(ふん。ちょろいな)」
忠蔵「暫く!」
桃介「(チッ)」
忠蔵「お代官様の迅速なる采配には恐れ入るばかり。されど暫時この忠蔵に更なる詮議をお許し頂きたく、お願い申し上げまする」
修理「うむ。認める」
忠蔵「維新政府司法省事務官芹沢桃介とな」
長三郎「拝命書です。司法卿の署名もこれに」

忠蔵、差し出された拝命書を無視して。

忠蔵「裁判所が何の用だ。形はどうあれ代官……いや郡長が治安、納税、滞りなく行っておるのは県令を通して伝わっているはず」
桃介「その形が問題なのでございます」

ひれ伏したまま、しばし黙る桃介。

修理「続けよ」
桃介「対列強の為の文明開化は国是となっております。司法卿田中様は尾張藩士の出。故に天領の鬼たる黒金村の幕府への忠義、心意気には感じ入る所あれど世は薩長藩閥の流れ。これ以上は庇いきれぬとのお達し」
忠蔵「庇うだと?」
桃介「この旧態然とした慣例の数々、速やかに改革する事をお願い申し上げます。不肖芹沢桃介、僭越ながら近代行政の御指南を」
忠蔵「我らが政府如きに庇われておるだと!」
桃介「葵の紋所はいけません」
忠蔵「お代官様! 最早勘弁なりませぬ!」

顔を見合わせる修理と長三郎。

修理・長三郎「(また始まった)」
忠蔵「これが維新政府の本性。四民平等を謳いながらその実己のやり方を力ずくで押し付け、田舎を見下し仕来りを軽んじ習わしを破壊する! やはり一戦交えるしか!」
修理「もうよい面倒臭……裁きを申し渡す!」
忠蔵「修理様!」
長三郎「忠蔵殿! 詮議はここまで!」

忠蔵、押し黙る。

修理「芹沢桃介。黒金村所払いを命ずる。我が政に口を差し挟みたくば県令を通せ。よいな」
桃介「……」
修理「あ、これにて~~~一件~~~らくちゃ~~~……」
桃介「警察に向かいます」
修理「へ?」
桃介「咎人となれば是非もなし。いさぎよく警察に出頭いたします」

修理、困惑し長三郎を見る。
長三郎、呆れる。

修理「いや、それはちょっと」
桃介「警察に行かれては困るのですか?」
忠蔵「黙れ……」

忠蔵、刀を抜いて桃介に迫る。

桃介「司法省、いや、巡検使を斬るつもりか!」
忠蔵「余所者めが!」
修理「分かったーっ! 待て! 待てーっ!」

一同、修理の言葉を待つ。
修理の髭が汗でズレる。

修理「とりあえず投獄せよ」
忠蔵「甘い! ぬるい!」
長三郎「畏まりました。引ッたてい!」
忠蔵「……」

白洲から連行されてゆく桃介。

桃介「(まあ、これはこれでいいか)」

桃介、冷笑して去る。
修理、髭を直して大仰に笑う。

修理「これにて一件落着!」
 
○同・廊下
中庭のある廊下を歩く、忠蔵と長三郎。

忠蔵「ときに長三郎」
長三郎「はっ」
忠蔵「さきほど儂を忠蔵『殿』と呼んだの」
長三郎「こ、これは。申しわけ次第も」
忠蔵「何様のつもりじゃ若造!」

忠蔵、振り返り長三郎を張り倒す。
倒れた長三郎、更に蹴られ、中庭に落ちる。

忠蔵「なにが『これあらた』じゃ。上も下も乱れくさりおって」

忠蔵、一瞥して去る。
長三郎、拳を握り耐える。

(つづく)

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