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クラウン(12)

○闇
道化の声「一番古い思い出は紅き泥濘。その心地よさ。温かさ」
 
○河原
血に塗れ、這っている赤子。
非人の男女が頭を割られて死んでいる。

道化の声「思い返せば、それは父と母の血だったのだろう。恐らく」
 
○一休街(夜)
舎利の傍でまどろむ道化。

道化「いや。もう恐れるものなどない」

近くの板葺き小屋から女の喘ぎ声。
白目を動かし顔を顰める舎利。

道化「獣の嘶き、か」

舎利、嘶きをかき消すように琵琶を弾く。

道化「むかしむかし、今参局という女がおりました。御所の奥に潜んでいた女王です」
 
○(回想)花の御所・北の花亭
簀子から女房達を従え、花々の咲き乱れる庭園を見つめる今参局(29)

道化の声「お今様は大君の乳母であり」

庭で大君(9)と義視(6)が蹴鞠をしている。
軒下の闇から蹴鞠を見る道化(10)

道化の声「俺の飼い主だった」

庭園にはべり蹴鞠を見守っている宗全(40)と勝元(18)
義視の蹴った毬が大君の顔に当たり、軒下へと転がってゆく。
ひっくり返る大君を笑う義視。
お今、慌てて大君に駆け寄る。

お今「(義視に)なんたる乱暴狼藉! あなた様は仏門に帰依される身なのですぞ」
義視「余は坊主になどならぬ! 政に携わる! 武士になるのじゃ!」

お今、義視を見下ろす。

お今「思い違いをなされますな。大君家の武士はあなた様の兄君だけです」

無言でお今を睨みつける義視。
女房らの奥に座っているトミ(6)
お今、義視を見限るようにトミへと視線を移し。

お今「富子や。そなたも妃となられる身。軒下に潜って毬を取って差し上げなされ」
勝元「畏れながら。富子姫は代々御台所を出される名門日野家の、ただ一人の御息女にございますれば」
お今「だから何じゃ」
勝元「みなまで言わねば分かりませぬか?」
お今「たかだが乳母ごときが富子姫に向かって……かえ?」

宗全、勝元を制する。

宗全「大君家の躾けに賢しき口出しを致しました。ご容赦下さりませ」

お今、扇でトミに指示する。

お今「持豊どの。お互い躾けには苦労するのう」

トミ、軒下にもぐる。
道化と目が合うトミ。
トミ、小さく悲鳴を上げる。
宗全と勝元の動きを制するお今。

お今「大事ない。軒下には獣が棲むもの。蛇や狸ごときに騒がれまするな」

道化、トミに毬を渡す。
トミ、毬を手に庭に戻る。
お今、トミから毬を奪いとると、己が手で大君に渡す。

お今「さあさ。遊ばれませ」

大君、義視、トミ、蹴鞠をする。
道化、軒下から三人を見つめる。
 
○(回想)鵺の隠れ家
童の道化、雉を手に森から出てくる。

道化の声「俺は無縁だった」

道化、雉をさばく。
 
○(回想)とある武家屋敷(夜)
蝋燭の下、数人の武士が刃をちらつかせて密談する。
天井から覗いている道化。

道化の声「この世の外側で一人生きていた」
 
○(回想)花の御所・会所
三管四職の宿老達の寄合いのなか、先程の武士が全員捕えられる。

道化の声「ただひとつの縁は、闇の中から外の秘密を垣間見ること」

上座に座る大君とお今。
 
○(回想)同・渡殿
小橋のお今から銭を受け取る道化。

道化の声「その暗き縁だけが俺の……」

お今、道化に向かって優しげに微笑みかける。

(つづく)

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