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最悪(その8)

○白金楼・鳳凰の間(夜)
花魁が琴を爪弾き、禿が三味を奏でる。
品に膳を楽しむ豪農達と桃介。
扇に弾かれ宙を舞う蝶の玩具。
台の手前に扇、後ろに蝶が落ちる。

花魁「末摘花~」

一同、囃し立てる。
千畳敷の上座で拳を突き上げる修理。

修理「いよいよ最後の一投ぞ。いざ」
天尽「まあ、なるようになるでしょう」

修理の傍に天尽。
ひょいと扇を投げる。
蝶が舞い、扇の上に落ちる。

花魁「浮舟~」

さらに囃し立てる一同。

花魁「天尽様の勝ち~」

修理、扇子で仰ぎながら余裕を見せる。

修理「流石は豪商。ここ一番に強いのう」
天尽「いやいや、まぐれにて。現に一進一退だったじゃありませんか」
忠蔵「否!」

赤ら顔の忠蔵が末席から叫ぶ。

忠蔵「一点二点でお茶を濁して油断させておき、最後の最後に三十点とは。おぬし、お代官様に恥をかかせる気であったな」
天尽「滅相もない。修理様が橋立でも出せば、私の完敗でした」
忠蔵「お代官様は十点以上出せん!」

修理、思わず扇子を落とす。

花魁「手代様。その言い様は余りにも」
忠蔵「い、いや違う。お代官様はこんな手遊びにかまけている暇などないという意味じゃ!」

天尽、千鳥足で桃介に近づく。

天尽「巡検使どの。飲(や)っておられますかな」
桃介「はい」
天尽「このようにお代官様は、近隣の村長を集め、日々優雅に親睦を深めておいでです」
修理「周りのご理解あっての鉄作り。今は、天領の名をふりかざすことも、炎と毒で鬼と畏れられる事もありませぬ。内政も外交も滞りなく勤めておりますれば」
天尽「修理様(目で促す)」

修理、銚子を手に下座まで降りて来る。

天尽「このように修理様は上下の隔てなく」
桃介「もういいです。代官殿のお立場、お役目、充分に分かりました」
修理「左様。このなりは形だけでござる。田舎の村ゆえ文明開化には時間がかかり申す。どうかご理解頂きたい」

修理、桃介に酒を注ぐ。

桃介「ところで、あのお若いご家来が見えませんが」
天尽「由比様は下戸なので」
忠蔵「ひ弱で護衛も務まらぬ故、帰しておる」
修理「由比長三郎。亡き父の跡を継ぎ、我が側近を立派に勤めてくれております」
桃介「結構。村の未来も安泰ですな」
忠蔵「どうだか」

桃介、一気に盃を空ける。

修理「おお、さすがの飲みっぷり。これぞ日本男児」

一同、囃し立てる。

桃介「ところで。亡き父と言えば郡長殿のお父君、刑部殿についても調べさせて頂きました」
修理「父についてもですか」
忠蔵「無礼な」
桃介「なかなかどうして。実に立派な方ですな。敵ながら天晴れ」
修理「敵?」

桃介、喉を詰まらせる。

桃介「い、いや……素敵ながら天晴れと」
忠蔵「おかしな言い回しをするでない。全く最近の若い者は」

天尽、桃介の背をさする。

天尽「敵地に赴くが如き気概なくば視察など務まらんという意味でしょう」

天尽、その背を一発叩く。

桃介「し、失敬」
修理「いえいえ」

豪農の一人が場を取り繕う。

豪農1「調べたっちゅうは鬼泣川(きながわ)騒動のことですか?」
桃介「まあ、それも含め」
豪農2「雨降って地固まるではないが、あの一件から儂らも随分ええ思いをさせて頂き」
忠蔵「(遮って)皆々様! そろそろお開きに致しましょう」

豪農達、ニヤつきながら立ち上がる。

豪農1「(小声)手代様。流石に二日連続は」
忠蔵「(小声)二日連続じゃ。図に乗るな百姓」
天尽「お足代は表にて用意しております」

豪農達、出てゆく。
一旦落ち着く一同。
赤ら顔の桃介、手酌でやりだす。

桃介「鬼泣川騒動。砂鉄を取る為の山崩しで泥水が氾濫し、黒金村と近隣の村々が一触即発となった事件ですね」
修理「小さかった故、あまり覚えておりませぬ」
桃介「以降鉄を売った金の一部を周りの豪農達に回している。それが慣例化し今に至る。早い話がお父君は賄賂で片をつけたわけだ」
忠蔵「なんの事やら」
桃介「下々からは随分と恨まれていたようですね。儂らは周りの村々に配る賄賂の為に鉄を作ってる訳じゃないと。特にあなたが追い出した鬼の長老達には」
忠蔵「次から次へと言いがかりを」

修理、いたたまれず立ち上がる。

修理「ちと厠に」
桃介「親の仇を討つに所払いで収めるとは。郡長殿も実にお心が広い」

襖の前、立ち止まる修理。

修理「親の仇とは何のことか」
天尽「芹沢様。御酒がすぎますよ」

桃介、酒をあおる。

桃介「いやいや。施政者と賄賂は切り離せんもの。薩長の志士ですら、政を担えば民を蔑ろにし派閥作りにいそしむ。いわんや、百目木家は士族。農家職人の生業など二の次三の次にしてでも郡長……いや代官職を全うするは当然のこと。それにより命果てたるも、以て瞑すべしでしょうな」

修理、柄に手をかけ桃介に詰め寄る。
忠蔵、とっさに己が膳を蹴って立つ。

忠蔵「図に乗るな! 余所者に我らの何が分かる!」

忠蔵に凄まれ怯む桃介。

桃介「これからの時代、うちも他所もありません。国家の名のもとで臣民はひとつとなって」

刀を抜く忠蔵。

忠蔵「喋るなと言っておる」

切っ先を突きつけられ黙る桃介。
修理、深く息をつく。

修理「ゆるりとされるもよし。とって帰られるもよし。ただ、もう話すことはござらぬ」

修理、出てゆく。

桃介「勝手な振る舞い、政府の裁可を仰いでもよいのだぞ!」
天尽「刑部様殺害の下手人は未だ見つかっておりません。それが、刑部様のやりかたに反するタタラの長老たちだったという事実もありません。全てはただの噂」
忠蔵「長老共の追放は今後のタタラの運営方針に意を唱えたからだ。代官様は政府の産業改革に従っておられるに過ぎん。うぬが嫌味を言える筋合いかどうかよく考えよ」

忠蔵、太刀を収める。

桃介「……二本差しは禁止されている」
忠蔵「偽ものじゃ。大根も切れんわい。下郎相手にはこれで充分よ」

忠蔵、鼻を鳴らして出てゆく。

桃介「司法省に通達するぞ! よいのか!」
天尽「その程度のハッタリ、この村では通じません。いい加減学ばれよ」

天尽に睨まれ怯む桃介。


○同・厠(夜)
成金風情の客が修理の隣で用を足す。
ぼんやり立っているだけの修理。
成金、長く用を足し、先に出てゆく。
修理、ぼんやり立ったまま。
 

○箱馬車・中(夜)
走っている車内。
向かい合わせに乗っている天尽と桃介。

天尽「少々飲み過ぎたようですな」
桃介「申し訳ない」
天尽「そんなに美味い酒でしたか?」
桃介「申し訳ない」
天尽「事を起こす前に酔いを醒まされませ」
桃介「申し訳……」
天尽「のぼせ上がるなっつってんだよ。ドサンピンが」

天尽、血走った目で桃介を見据える。
蒼白の桃介。
 

○裏吉原・通り2(夜)
人のいない通りに止まる馬車。
桃介、馬車から転がり落ちる。
周りは戸の閉まった商店ばかり。
馬車は桃介を残して去ってゆく。
無人の通りに捨てられた桃介はただ途方にくれるだけ。

(つづく)

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