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最悪(その4)

○裏吉原・通り1(夜)
解体されつつある城の麓、煌々と灯のともる廓。
まさに傾城街。
和装洋装の男どもに手を伸ばす極彩色の遊女たち。
琴と三味線の優雅な音色。
 
○白金楼・鳳凰の間(夜)
花魁が琴を爪弾き、禿が三味を奏でる。
と、手下達が演奏に割って入る。
怯える禿を庇う花魁。
千畳敷の間で沢山の豪農が騒いでいる。
酔って膳をひっくり返す者。
虎拳に負けて脱いでゆく者。
苦々しげに末席で酒を飲む忠蔵。
上座で欠伸をしている修理。
と、一人の豪農が叫ぶ。

豪農「黒金の鉄あっての裏日本(うらひのもと)天網屋の銭あっての我ら、百姓。最後の代官百目木修理様と、天網屋大尽様の益々の弥栄(いやさか)を願って」

豪農達、田楽踊りを披露する。
修理の傍らの席で総髪和装の伊達男、天尽こと豪商天網屋龍左衛門(44)が囁く。

天尽「全くもって、とんだお目汚しにて」
修理「よいよい。下々の憂さ晴らしに突き合うも上に立つ者の役目じゃ」

天尽、手を叩き踊りを終わらせる。

天尽「お見事お見事。では、ここで中締めと致したく。お代官様。お言葉を是非」
修理「職人共は天領の鬼と威張っておるが、鉄作りには近隣の村々のご理解が欠かせぬ。今後とも末永いよしみをお願い申す」
豪農「先代代官。お父上との絆。我らは永久に破りませぬぞ」
忠蔵「では今月の分でござる」

忠蔵、豪農達に分厚い封筒を渡す
豪農達全員、封筒を受け取り出てゆく。
修理、溜息をつく。
別の花魁が修理に寄り添い酌をする。

修理「あ、よい。自分でやる」
花魁「いつもそう。いけずなお代官様」
天尽「当たりまえよ。百目木判官は鬼の棟梁。並の女子じゃあ動じねえさ。褥を共にしたきゃ手練手管を磨くことだね」

天尽、手を叩く。
手下の一人が修理に桐の箱を差し出す。

天尽「私より本日の御心づけでございます。今後ともご贔屓に」
修理「いや、天網屋あっての黒金の鉄じゃて」
天尽「いやいや、お代官様が荒くれの鬼どもに目を光らせておるからこその商い」
修理「いやいやいや……」

修理、桐の箱を空けると紙切れ一枚。
天狗の落書きと『天誅』の文字。

修理「おぬしも戯れが過ぎるのう」
天尽「いやいやお代官様ほどでは」
修理「ふっふっふ」
天尽「ふっふっふ」

修理、紙切れを取る。
底には何もない。

修理・天尽「ふっふっふっふっふ」

沈黙。
三味と琴の音だけが流れる。

修理「……すまぬ。どういう意味じゃ?」
忠蔵「さては天尽! お代官様を愚弄しておるか! もはや我慢ならぬ!」
修理「たまには我慢せよ。話が前に進まぬ」
天尽「昨今、巷を賑わす『世直し天狗』の噂。ご存じありませんか?」
修理「いや全く」
 
○(天尽のイメージ)商家の居間(夜)
悪徳商人が千両箱を開き、ひいふうみと小判を数えている。

声「そこまでだ! 原黒屋阿久兵衛!」
悪徳商人「な、なにやつ?
声「貧しき民から高利を貪り私腹を肥やす悪行三昧。たとえ世を統むる天が許そうとも」

襖が開き、天狗面の侍が姿を現す。

天狗「あ! この世直し天狗が~~許さ~~ぬ!」
 
○白金楼・鳳凰の間(夜)
呆れる修理。

修理「いつの時代の噂だそれは」
天尽「いつの時代でも下が上に抗う気持ちは抑えられませぬ。もの申したき徳川幕府が維新政府に変わっただけのことにて」

修理、天誅の文字を見つめる。

修理「つまりは民権運動か」
天尽「御明察。世直し天狗なる者がただの噂か否かはさておき、この裏日本にまで『新たなる世の風潮』が押し寄せている何よりの証にございます」
忠蔵「ふん! 一揆如き、何ほどのことがあろうか!」
修理「あいわかった。気に留めておこう」
天尽「判官を名乗っておっても、その実は政府の郡長。官民の板挟みお察し致します」

修理、しばし目を閉じる。
 
○(フラッシュ)黒金村・川辺上流(夜)
横たわる刑部の亡骸。
 
○白金楼・鳳凰の間(夜)
忠蔵、フンと鼻を鳴らして笑う。

忠蔵「だがこんな落書きが心づけとは。天網屋も存外儲かっておらんのう」
天尽「確かに。クズ鉄ばかり売るは骨が折れまする。天領の名だけでは最早稼げぬ世になりましたゆえ」
忠蔵「クズ鉄とは口が過ぎる」
修理「いや。これからの時代、情報ほど大きな宝はないのやも知れぬ。天狗の噂。しかと心に留めおこう」

天尽の顔から余裕が消える。

天尽「戯れにございます。お許しを」

修理、花魁の酌を受ける。
と、襖の向こうから小者の声。

天尽の小者「大夫」
天尽「社長と呼んでくれよ。古臭い」
忠蔵「古臭いとは! 貴様、その言葉お代官様への」
修理「いちいちうるさいわ! 別に嫌味ではなかろう」
天尽の小者「例の物。ご用意出来ました」
天尽「左様か。お待たせ致しました。器量がよいのを鼻にかけつけ上がっております。しかと折檻してやって下されませ」
修理「あ……うむ。任せよ」

襖が開かれ、廊下に出てゆく修理。

天尽「こちらがまことのお土産でございます」

手下、忠蔵に別の色の箱を差し出す。
箱の中身には小判がぎっしり。

忠蔵「うむ。結構じゃ」
天尽「さて、我らは我らで楽しむとしよう!」

小判を撒きながら踊る天尽と手下たち。
満足げに盃をあおる忠蔵。
時代錯誤な権力者の宴を、花魁たちが囃したてる。

(つづく)

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