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四神京詞華集/シンプルストーリー(17)

【そして開始された、作戦】

穢麻呂「闇夜の神隠しを知っているか?」
ナミダ「噂だけは。月のない夜に雑仕女がかどわかされる事件ですよね」
穢麻呂「我が四神京に来る前からだそうだがな」
ナミダ「もうひととせ以上になりますね。衛士の網にも引っかからぬ事から都の怪異のひとつとして語られていました」
穢麻呂「衛士の目をかいくぐりか。当然だ。おそらくは衛士の動きを把握し指示を出し操れるほどの大物が黒幕なのだからな」
ナミダ「大物って?」
穢麻呂「それを調べあげるのが汝の役目だ」
ナミダ「あはは。そりゃ無理っす~。むはは。お香もお返ししまっす~」
百屋「返品は受け付けておりません」

百屋の顔から営業スマイルはきれいさっぱり消えていた。
穢麻呂は冷静に、無常に、ブラックに業務命令を続ける。

穢麻呂「小路や辻での神隠しは調べようがないが、共通点は攫われた女子がみな、四神京に出て来た田舎娘ということだ。つまりは都に寄る辺がない。ひとりぼっちの上京娘だ」
ナミダ「ひとりぼっち……」
穢麻呂「人売りの盗賊にしては悪質な狙い撃ちとは思わぬか。夢持て、或いは生きる為に稼ぎに出て来た弱き女子のみをかっさらう。売られる先は熊襲か蝦夷か」
ナミダ「でも、調べようがないんでしょ?」
穢麻呂「ただ一つを除いてな。実はそれを訝しんだ『とあるお方』のご依頼により我らは動くことになった」
ナミダ「とあるお方って……?」
穢麻呂「いずれ会わせる。とにかく白虎街の白面酒房なる酒場に潜入せよ。そこで働く宴の花の中で、上京娘だけここ半年で何人も消えているそうだ。此度の神隠しの唯一の足取りだ」
ナミダ「香木はどう使うんですか?」
穢麻呂「あの店の中でしか掴めぬ真実が必ずある。攫われる恐れのありそうな女子を見つけたら渡せ。我らが香の匂いを手掛かりに、人さらいのアジトを見つけ出す」
ナミダ「匂いを伝うんですか? 犬じゃあるまいし」
狛亥丸「まあ『戌』ではありませんが、頑張ります」
ナミダ「……?」
穢麻呂「我らの勤めより己が身の心配をせよ。よいか。香を渡したらすぐに逃げ戻ってまいれ」
ナミダ「当たり前ですよ。騒動に巻き込まれるのは御免です」
百屋「あ。あとさ。白面酒房の女店主には気をつけてね」
穢麻呂「玉藻か。そこが厄介なところぞ」
百屋「いっそナミダちゃんの素性を明かしてみたら? 変に調べられるよりいいんじゃない?」
穢麻呂「ふむ。では、我の下から逃げ出して来たことにせよ」
ナミダ「精神的虐待っすか? よかった。正直に話せばいいだけじゃん」
穢麻呂「我が説教を屁とも思ってない横着者めが」
百屋「ナミダちゃん。決して玉藻に隙を見せちゃ駄目だよ。あいつは、女狐だからさ」
ナミダ「わ、分かりました」
百屋「じゃあ僕はこれで。毎度お買い上げ有難うございま~す」

飄々と簀子を飛び越え、枯野の庭に出てゆく百屋。
と、さきほどの野良猫が何故か毛を逆立てて怯えている。
百屋、足を止め猫を一瞥する。
その相貌から、一瞬全ての感情が失われる。

百屋「獣か。つくづく可愛げのない連中だ」

百屋は小さく冷たく呟くと、再び軽やかな足取りに戻って風の様に消えた。

穢麻呂「では、始めるとする」
ナミダ「そうと決まれば~」

ふいにナミダが手の甲を突き出す。

穢麻呂「なんだそれは」
ナミダ「え? やんないんすか? 気合い入れ」
穢麻呂「?」
ナミダ「白虎街っていえば娑婆塞が作った街っしょ? やっぱ娑婆塞といえば気合い入れっしょ。そーれ! えいえいおー!」

穢麻呂、無視して社の奥に引っ込む。
ナミダ、間髪入れずに狛亥丸をロックオン。

ナミダ「そーれ狛さんも! えいえいおー!」
狛亥丸「そいうのはちょっと……」

狛亥丸、庭に出て夕飯の支度にとりかかる。
手を差し出したまま、一人取り残されるナミダ。

ナミダ「虐待だ……」

○白虎街・辻(夜)
月はおよそ三十日かけて新月から満月となり再び新月に戻る。
この国は、その三十日をひと『月』と括って暦とした。
もちろん太陽が東から上り西に沈むまでが、いち『日』である。
さて今宵は満月。
つまりあと十五日で再び闇夜が訪れ、神隠しが起こる。
しかし、呉女面を装着し白虎酒房潜入の機会を目論むナミダは今、本件とは全く別の苦悩というか懊悩に苛まれている。

ナミダ「……この香木を売ってトンズラすれば一年は遊んで暮らせるかも」

備品着服の誘惑と戦いながら、だが一方で自分の生活能力の欠如も自覚していた彼女はしばしの逡巡の後、至極真っ当に業務を遂行する道を選択した。

ナミダ「まあいいわ。今回のことであの穢麻呂って男がそんな悪党じゃないって分かったし。てか、これって人助けじゃん。わりといい奴じゃん。ふんふん。じゃああれだね。このナミダちゃんの魅力でヤツをメロメロにして、本格的に呪いを解いてもらうよう仕向けるとしますか。何せ私、藤橘の姫君に嫉妬されて呪われちゃうほどの才能と美貌の持ち主ザマスから。むふふ」

呉女面の奥の瞳がギラリと光る。

ナミダ「そして見事呪いが解けた暁にはボロ雑巾のように捨ててやるわ! 照れ隠しとはいえよくも醜女呼ばわりしてくれたわね! あのへそ曲がり! メロメロからのボロボロにしてやんよバーカ!」

ナミダはなるべく人目につかぬよう、閉店まで刻を待った。
そして唐の舘を思わせる派手な朱塗りの白虎酒房からあらかたお客と店員が出てゆくのを見届けると、玉藻なる店主を待ち構えて店の前に座り込んだ。

(つづく)

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