クラウン(10)
○勧進の寺(夜)
大君、舞台を指す。
大君「義視。あれに舞うは神なんだよ」
畠山兄「左様です。大君様が建立せしこの寺を寿ぎ、舞い降りたのです」
斯波兄「神様に声をかけてはなりませぬぞ」
いやらしく笑う東方諸将。
身を乗り出す義視を制する畠山弟。
制しながらも己が盟主に変わって喧嘩を買う。
畠山弟「舞が終わればただの河原者。労をねぎらうは当然であろう」
斯波弟「御所に引籠ってばかりおるから、現世と常世の区別もつかんのだ」
大君「言うなあ」
斯波兄「その現世で乱行痴行を繰り返し家名に泥を塗るはどこの愚弟共か」
畠山兄「縁を切られぬだけ有難いと思え」
斯波兄「それとも首ごとその縁、断ち切ってやろうか」
斯波弟「何だと!」
勝元・宗全「やめい!」
睨み合う宗全と勝元。
宗全「若気の至りじゃ。この入道に免じて」
勝元「なんの。されど長子相続は決められた事。兄が家を継ぎ兄の子が家を継ぐものです。分裂は許しませぬ」
宗全「それは大君のご意思か? 勝元」
勝元「いかにも。義父上(ちちうえ)」
宗全「なれば牙旗を掲げよ」
勝元「なんと」
宗全「我らはうぬの声にではない。また八世大君の一存にでもない。連綿と続く大君家の御心にのみ従う。室町幕府が象徴、牙旗を掲げよ。今ここで」
勝元「……」
宗全「やはり鵺退治、仕損じていたか」
勝元「ならば如何致します?」
宗全「御旗なき者に御心は宿らぬのう」
勝元の拳が震える。
勝元「認めたな。もはや誅伐やむなし。賊徒共め!」
宗全「賊徒……言うたな、その言葉!」
立ち上がる斯波畠山弟。
畠山弟「斯波殿! 今こそ!」
畠山兄「今こそ何だ!」
斯波弟「おう! 鬨の声だ!」
斯波兄「抜くか! 今ここで!」
パンと手を叩き遮る大君。
大君「聞こえん」
静寂の中、虫の音が聞こえる。
大君「鈴虫の音が聞こえん。この為にここに寺を建てたんだ。少し黙れ」
大君の言葉に気圧され黙る一同。
勝元「申し訳ござりませぬ」
大君「お前も無体が過ぎるぞ。田舎親父」
宗全「ははっ。ご無礼をば」
虫の音だけが響く、静寂。
義視、やがて苛立ち何度も手を叩く。
義視「退屈じゃ! 余は、退屈じゃぞ! 入道!」
宗全、目を閉じ大きく息をつく。
宗全「大君様。先ほどのお詫びに越前が田楽を奉納いたしたく」
大君「許す」
一転、賑やかに鳴る鼓と笛の音。
しゃぐまにささら、面を被った三人。
道化、犬丸、英林が連なり踊る。
道化、東方の諸将を見渡す。
その中に、勝元の姿を認める。
宗全の声「大君の傍、釣り目の男が勝元じゃ」
面の奥、道化の目が見開かれる。
○(回想)鵺の隠れ家(夕)
道化とトミを取り囲む兵達。
能面の如き大鎧の将の顔、勝元。
○勧進の寺(夜)
列を外れ、一人激しく舞いだす道化。
勝元、じっと道化を見据える。
○(回想)鵺の隠れ家(夕)
鉈一本、兵を相手に立ち回る道化。
○勧進の寺(夜)
驚き、身構える勝元。
勝元(……馬鹿な。何故ヤツがここに!)
道化、勝元ににじり寄る。
勝元、ゆっくりと小太刀に手をかける。
と、勝元と大君の影から緋色の内掛けを纏った女が現れる。
富子「御所様」
大君「来たな。わわしき女よ」
富子「ご無礼を」
御台所富子、道化にとっては、トミ。
道化「……!」
道化の舞が止まる。
義政「……どうした? 道化もの」
トミ、紫のおくるみに包まれた赤子を抱いている。
面を取る道化。
トミ、道化に気付き、驚く。
トミ「……何故じゃ」
道化「トミ」
トミ「何故お前がここにいる」
道化「トミ」
トミ「行けと申した。消えよと申した……物の怪!」
○(フラッシュ)花の御所・寝所(夜)
怯えるトミに近づく黒装束の道化。
○(フラッシュ)鵺の隠れ家・小屋
紫の布を纏い、震えているトミ。
表で血に塗れ獣をさばく道化。
○(フラッシュ)鵺の隠れ家(夕)
道化に鉈をふりかざすトミ。
○(回想)鵺の隠れ家(夕)
森に逃げる道化。振り返る。
捕史達に保護されるトミ。
トミの声「行け。行くのじゃ。この都から、消えるのじゃ!」
○勧進の寺(夜)
懐から小柄を抜き、ふりかざす道化。
と、英林抜刀し道化の前に躍り出る。
英林「大君様の命を狙うとは不届き千万! いずかたの手の者か!」
宗全「英林、見事!」
面を外す英林。
宗全「大君を狙う外道ありとの知らせを聞き、我が西方の者を忍ばせておりました」
英林「真に幕府を守りしは西方なり!」
顔を見合わせる斯波畠山弟。
斯波「いかにも! 正義は西にあり!」
畠山「東方。保身にかまけ目も曇ったか!」
宗全、鉄扇を道化に向ける。
宗全「大君様を、幕府を、この国を守るは我ら西陣なり。今こそ、その力を見せる時ぞ。疾く刺客を討ち果たすべし!」
道化と犬丸に襲い掛かる西方。
犬丸「ど、どういうことですお館様!」
英林「正義のため。命捧げよ道化ども」
英林、犬丸に斬りかかる。
道化、犬丸を庇い、刃を弾く。
英林の背から道化を睨む宗全。
宗全「大君を襲う。これがお前の役割だ。物の怪よ」
英林「物の怪には物の怪の。武士には武士の役割がある」
道化、刃を逆手に忍びの構えをとる。
道化「全て……思い出しました」
英林「何?」
道化「ここは、やはり夢幻にございまする」
兵を次々に斬りふせてゆく道化。
道化「それも……悪夢だ!」
(つづく)
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