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四神京詞華集/NAMIDA(17)

【隠(おに)の子(2)】

○菅原石嗣の館・外(夜)
こん。

慧子「あれ?」

こん。

慧子「あれ?」

こん。

慧子「あれ?」

一刻前の緊迫感とは打って変わって慧子が放つ鉤爪は甚だ呑気な調子で何度も何度も築地塀に跳ね返されている。

淡子「な、何ゆえ左様な物騒なものを」
慧子「決まってるでしょ。キッツイ麿の舘に忍び込んで首チョンパしてやろうと思ってたんです。あいつが私の枕元に忍び込んで呪いをかけたのと同じようにね。もっとも下手人は別にいるみたいですけど」
淡子「ふふ。首チョンパなどと、出来もせぬことを」

慧子、淡子を睨みつけ。

慧子「やってやるわよ。人に戻れるなら何でも」
淡子「……」
慧子「おかしいな。館の壁なんかこういうの使ったら誰でも越えられるって言われたのに」

穢麻呂の社からくすねてきた鉤縄をぶんぶんと振り回しては放り投げるも、破風にひっかかりもしない。

淡子「斯様なものを使いこなすは修練が必要なのでは」
慧子「ちょっと交代しませんか?」
淡子「え? どうして私が?」
慧子「まあまあ後学のために。何事も経験ですわよ」
淡子「あまり経験したくはありませぬが」

淡子も試しにやってみるも、上手くいく訳はなく。

慧子「はあ……やれやれ」
淡子「何故ため息までつかれなければ……」

と、通りの向こうから小さく光る二つの灯。

慧子「衛士だ! 逃げないと!」
淡子「!」

同時に唐破風に鉤爪が引っかかる。

淡子「ひ、引っかかりましたわ! 初めてやったのに! 何という偶然!」
慧子「急がないと!」

慧子、呉女面を被ると、縄を伝って壁をよじ登る。

呉女「色々と有難うございました! 人に戻れた暁には是非また宴をともに致しましょう!」
淡子「ご武運を」

呉女は塀を乗り越え館の中に消えた。
淡子は鉤縄を回収すると、崑崙面を被り禍人と化す。
やがて物の怪の前を灯を手にした衛士が二人、まかり通る。
崑崙は白痴のごとく唸ってみせた。

衛士1「やかましいぞ。もの狂いの禍人めが」
衛士2「斬って捨てようか」
衛士1「関わるでない。我らも呪われる」

衛士たち、鼻で笑いながら去ってゆく。
崑崙は衛士を見送り、懐に隠していた鉤縄を放り捨てた。
それも何故か二つ。
いや、勿論増えたわけではない。
恐らく今ひとつは、はなから予め用意されていたものであろう。
悪鬼の面を被った、この郎女によって。

崑崙「実に用意の宜しいことで。さすがは都いちの才女さま」

(つづく)

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