最悪(9)
○代官所・代官屋敷・庭園
女中がススキや赤い実の花を持ち寄る。
縁側で花を活けているシヅ。
時折女中たちと楽し気に話す。
と、修理がやって来る。
修理「でかけるぞ。共に参れ」
シヅ「かしこまりました」
修理「母上のところだ」
シヅ「……」
シヅ、女中らに目くばせ。
シヅ「はい。ただいま」
シヅ、咄嗟に花瓶を倒す。
女中達、慌ててシヅに近寄る。
女中1「奥方様。如何なされました!」
女中2「まあ、ひどいお熱!」
修理、シヅの額に手を当てる。
修理「そうかの?」
シヅ「……大丈夫です……参りましょう」
修理「いやよい。休んでおれ」
修理、一人で出てゆく。
シヅと女中ら、笑い合う。
○百目木家・屋敷・畑
大きな森を背に、立派な屋敷と蔵。
畑仕事をしているマサ(57)とスミ(49)どちらも浅黒く、健康的。
修理が忠蔵と長三郎を連れやって来る。
スミ「これはこれは坊ちゃん!」
忠蔵「お代官様だ」
スミ「私にとっては坊ちゃんですけえね」
長三郎、辺りを見渡す。
修理「ここに来るのは初めてだったな。母と」
忠蔵「……家内だ」
スミ「何でちょっと言葉に詰まったんです?」
長三郎、片膝をつき頭を下げる。
長三郎「由比貫十郎が倅長三郎でございます」
マサ「親子二代で世話をかけますねえ」
長三郎「身命を賭してご奉公致します」
スミ「(忠蔵に)優しく教えてあげとります?」
忠蔵「参れ。門を守る」
忠蔵、長三郎を連れて去る。
スミ「柿でも取ってきましょう」
スミも去り、修理とマサが残る。
マサ、畑に石灰を撒く。
羽織を脱ぎマサを手伝おうとする修理。
マサ「やめり! 汚れる!」
修理、マサの叱責に従う。
マサ「代官は村の顔なんやけえね」
修理「はい」
マサ「あんたがしっかり耕してくれよったおかげで土も肥えちょるけ。ここは大丈夫」
修理「はい」
それきり黙る二人。虫の音だけが響く。
マサ「何かあったんかね」
修理「耕しとる場合じゃなかったです。きちんと父上に仕え一から政を学んでおれば」
マサ「過ぎた事グチグチ言うても始まらん。言いたい事あるなら早う話し」
修理「鬼の長老を呼び戻すべきかどうか悩んでおります」
マサ「確かに。あれは早まったんかもね」
修理「まことの所、母上はどうお考えですか? そろそろお聞きしたくて。父上を殺した、下手人は一体」
マサ「政のことは分からん。やけど、父上とタタラ衆があの時相当やりあっとったのは本当やけ。そりゃそうじゃろ。鉄で稼いだ金を賄賂に使うとったんやから。誰しも自分の村に銭を落とさん役人なんぞ、認めはせんいね」
修理「結果天網屋の言いなりです。村も私も」
マサ「私が言えるのは、父上は敵に背を向けるような男じゃなかった。それだけいね」
修理、うつむく。
○(回想)黒金村・川辺上流(夜)
警官の一人が刑部の背の刀傷を認める。
警官1「せなに一撃。不意を突かれたか」
警官2「あるいは……」
警官達の薄い笑みを見て叫ぶ修理。
修理「違う……違う! 違う! 違う!」
○(回想)代官所・白洲
刺青の上から派手な摺衣を羽織った、タタラの長老達(40~60代)が、毅然とお縄についている。
ウラ「百目木との縁もこれまでじゃな」
白い蓬髪の老女ウラ(65)が公事場の修理を睨みつける。
修理「続けよ」
ウラ「何度問われても同じじゃ。代官殺害など預かり知らぬ。高殿の改造は一切認めぬ。今後は天網屋を介さず我ら自ら商いを行う。そして政から逃げ屋敷に引き籠っておった百目木家の馬鹿息子になどには絶対に従わぬ!」
修理「続けよ!」
ウラ「次はうぬが腹を見せる番じゃ。我ら天領の鬼を従えたければ父の如く力ずくで参れ」
修理、ウラから目を逸らす。
修理「裁きを申し渡す! タタラの長老連、並びにその長ウラ。黒金村所払いを命ずる! ひったてい!」
ウラ、声をあげて笑ってみせる。
○百目木家・屋敷・畑
灰を撒いているマサ。
マサ「やけど、どんな仕事ぶりであれ、次の代官として名乗りを上げてくれたんは嬉しかったよ」
修理「父上は怒っておられるでしょうが」
マサ、腰を叩いて仕事を続ける。
マサ「家の面目なんかええけ、自分のやり方で務めを果たし。そういう時代なんじゃろ」
修理、灰の袋に手を伸ばすも止める。
マサ「分明開化。文明開化っと」
○同・屋敷・表門
土塀で囲まれた門。
狛犬のように左右に立つ長三郎と忠蔵。
ふと屋敷内を振り返る長三郎。
屋敷の傍に、大きな蔵がそびえる。
忠蔵「おい。どこを睨みつけておるか」
長三郎、慌てて正面に向き直る。
長三郎「いえ」
忠蔵、長三郎を訝し気に見据える。
(つづく)
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