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最悪(その1)

○熊襲の御山・鳥瞰
濛々と煙の立つ火山の麓。
その大地の一角で銃撃が響き渡る。
間断なく、連なって、幾重にも。
幾重にも幾重にも幾重にも幾重にも。
 
○熊襲の地
山間のなだらかな坂に、雨がしとふる。
その坂を銃を手に駆け上る筒袖の官軍達。
遮るは、これも銃を手に白襷の隼人達。
かちあい弾がそこら中で火花を散らす。
官軍らのブーツが泥濘を踏み潰し進む。
隼人らの草鞋が泥濘に足を取られ退く。
その撃鉄も次々と反応を終えてゆく。
隼人の若者、銃を放り投げ、叫ぶ。

隼人の若者「くそ! これ迄か!」

一人また一人、銃を投げ捨てる隼人達。

壮年の隼人「ちぇすとおーっ!」

熊襲隼人の吠声に怯む官軍。
鎖帷子の壮年の隼人が抜刀し躍り出る。

壮年の隼人「真の武士の死に様、まがいものどもに見せてやるぞ!」

隼人達いざ抜刀し、鬨と共に突貫する。

○暗転
花火のように連なって響く銃撃。

サトの声「その戦さを最後に、この国のサムライは滅びた。遠く熊襲の地での出来事らしい」
 
○黒金村・川辺(夜)
山を背に、打ちあがる小さな花火。
土手で花火を楽しむ村人たち。
 
○同・川辺上流(夜)
月代の侍、百目木刑部(60)が目を見開いたまま天を仰いで死んでいる。
その手には刀が握られている。

サトの声「それから少しして私の村でも最後の侍が死んだ。だけど……」

灯りを手に、駆けつける巡査たち。
その後ろ木綿の継はぎの裾を捲った百姓、百目木修理(28)が追いつく。
呆然と亡骸を見つめる修理。

サトの声「最後の代官は死んでなかった」

○黒金村・村境1
森を分かち、整えられた林道。

『1880~The Othir JAPAN~』

木洩れ日の下駆けるサト(29)断髪、ブーツ、紫の小袖。
ザンギリ頭のガラの悪い男達(或る豪商の手下)がサトを追う。

手下1「待て! 待たんかサト!」
サト「27、28」
手下2「待てと言っとろうが! おい!」
サト「29」
手下3「待て!」
サト「30!」

サト、立ち止まって棒切れを拾う。

サト「30回!」

サト、棒切れを青眼に構えてみせる。
勿論ハッタリ。
だが男どもは思わず怯む。
つまりはその程度の追手。

サト「私、30回待てって言われて30回無視したんだけど。もうちょっと頭使えば? 押しても駄目なら引いてみるとか森に入って回り込むとかさ。それを馬鹿正直にうしろから追いかけて『待て~』『待て~』……待つか!」

手下たち、困惑する。

サト「つちかえ、ボキャーブラリ!」
手下1「ボキャ? ボキャ何?」
手下2「おいまた始まったあや」
手下3「西洋カブレは格好だけにしちょけ」

嘲笑する手下たち。

サト「チィプ。アンド、テンプレット。悪口くらいオリジナリテー出しなさいよ。そういうリアクション、イヤーにオクトパス!」
手下1「な、なに?」
手下2「お、おく?」
手下3「わからん! 日本語を喋らんか!」
サト「『一昨日来やがれ三下』って意味いね!」
手下たち「何じゃとお!」
サト「(己の頬を掴んで)あっかんぶりけ~!」

サト、棒切れを投げつけ再び駆け出す。
手下たち、再びサトを追う。

○同・村境2
道祖神が崩れ、傍らに『百目木新道開鑿記念碑』と刻まれた真新しい石碑。
石碑の上にトランク鞄が置かれる。
背広に山高帽の紳士芹沢桃介(32)が石碑と道祖神を見比べ、鼻で笑う。

手下1「待て!」
手下2「待て!」
手下3「待たんか!」
サトの声「52、53、54。同じ台詞ばっかり。あいつら、役者だったらとっくにクビね」

桃介、慌てて鞄を取ろうとするも止め、大仰に道祖神に手を合わせて待つ。
サト、桃介に駆け寄る。

サト「どーもこんにちは」
桃介「やあこんにちは。素敵な恰好だね」
サト「お互いに」
桃介「この村の人? 駄目じゃないか。道の神様を放ったらかしにして」
サト「あの、もしかしてゼントルですか?」
桃介「は? ああ、ジェントルメンだよ」
サト「良かった。もう逃げ疲れた」

サト、桃介の後ろに余裕で隠れる。
手下たち、息せききりながら追いつく。

手下1「何じゃあんた……」
手下2「恰好ええのう……旅のもんか?」
手下3「村の事じゃけ……口出しせんでくれますかいの……でないとあんたも痛い目に」
桃介「まあ、とりあえず息整えましょうか。痛い目に合わせるのはそれからがいいと思いますよ」

桃介、サッと道端によける。

桃介「それではどうぞ」
サト「ちょ、ちょっと! それでもゼントルメン?」

手下たち、サトに近づく。

手下1「それでええんじゃ。もう観念せえ、サト」
手下2「酌じゃ。ただお酌をするだけじゃ」
手下3「こりゃお前の為でもあるんやぞ。お代官様も悪いようにはせん」
桃介「代官? いや郡長に呼ばれてるのか、君」
サト「誰があんなカビ臭い男のとこなんか」
手下1「無礼であるぞ行き遅れ!」
手下2「口を慎め行き遅れ!」
手下3「こ、この行き遅れ!」
サト「行き遅れメインで罵るのやめて!」

からからと笑う桃介。

桃介「成程。このレディはお代官様への貢物か。それで大の男が昼日中から婦女子を追い回すとは。噂に聞く『天領の鬼』も底が知れるな~」

手下たちの顔色が変わる。

桃介「あ、天領の鬼と言うより代官の犬か」

手下たち、桃介を囲む。

手下1「お前、ここがどこかよ~く知っとるみたいやの」
手下2「鬼も犬も人も一緒くたとはええ度胸じゃ」
手下3「この黒金村で鬼相手の喧嘩たあ。わりゃ覚悟出来とんじゃろうの」
桃介「ところで彼らは何で三人一組で喋るんだ?」
サト「小悪党のテンプレットだから」
桃介「ではこちらも紳士の雛型を見せようか」

桃介、懐からピストルを出す。
驚く一同。

サト「そういうテンプレットなら大歓迎」

と、ヒズメの音に馬の嘶き。
馬に跨る断髪和装の石部忠蔵(52)が捕縄を手に家来を率いて現れる。

忠蔵「女ひとりに何を手間取っておるか!」
手下1「すんません。手代様」
手下2「こ、この他所もんが邪魔しやがって」

手下1、2に睨まれる手下3

手下3「……そうだそうだー」
サト「3番! 台詞思いつかないなら黙ってれば?」
桃介「無理矢理三人一組で喋るからそうなる」
忠蔵「(手下どもに)うぬらに頼ってみたは代官所の失策だった」
桃介「代官所でなく郡役場」
忠蔵「何者か? 我は黒金村代官手代頭」
桃介「手代でなく大属」
手下1、2、3「何者かと聞いておられる!」
サト「ユニゾン! 考えたわね!」
忠蔵「もうよい」

鞭で石碑の鞄を指す忠蔵。

忠蔵「あれはおぬしのものか」
桃介「(悪びれず)はい。置き場がなくて」

馬上から指示する忠蔵。
家来達が桃介を縛り上げる。

忠蔵「怪しいヤツめが。もろもろ代官所にて詮議いたす」
桃介「郡長にそんな権利はありませんけど」
忠蔵「群長ではない! ここでは御代官様じゃ!」

きつく縛られ、屈服する桃介。

サト「あの。この人は本当、関係ないんです。ただの素敵なゼントルメン」
忠蔵「分からん。日本語を喋れ」
サト「素敵な、こう、優しい、西洋風色男」
忠蔵「サト。おぬしは思い違いをしておる」
サト「何がですか」
忠蔵「天網屋はお前の性根を叩き直してほしいと言うてきた。あばずれ女中の性根をな。それをお代官様は少々の説教で罪を見逃してやると仰せじゃ」
サト「罪? 何の?」
忠蔵「男勝りのその断髪に派手な小袖。そして革靴」
サト「シット!」
忠蔵「何より小童共を集めて学問所の真似事」
桃介「君、学校の教師なの?」
サト「イエス!」
忠蔵「ただの商人(あきんど)の女中だ!」
サト「ファ〇ク!」

忠蔵、指示する。
家来達、ギリギリとサトと桃介を縛り上げる。
手下達、少し引く。

手下1「手代様。それはちとご無体な」
手下2「そ、そうだそうだ~」
忠蔵「(遮って)商人の手下風情がこの儂にものを申すか!」

手下たち、怯む。

サト「(桃介に)ごめんなさい。巻き込んじゃって」
桃介「いや。ちょうど良かった。僕もここの郡長に用があって来たんだ」
サト「あなたは一体」
桃介「僕は」
忠蔵「引ッたてい!」

サトと桃介、忠蔵らに連行される。

サトの声「この国の、そしてこの村の侍は確かにもう滅びた。だけど代官は滅びてなかった」
 
○黒金村・入口
『天領黒金村』と刻まれた碑。
藁葺き屋根の民家が並ぶ山間の集落。
桃介とサトを引き立て歩く忠蔵ら。
麻の百姓らが珍しげに一行を眺める。
桃介、ふと一際大きな山を眺める。

桃介「偉大なる天領……か」

山の麓から煙が一筋立ち上っている。
この後に及んでなお桃介の冷笑が消えることはない。
 
○代官所・代官屋敷・庭園
整った庭で鯉が跳ね紅葉が揺れる。

サトの声「しかも悪代官ときた」

縁側で鏡を前に、月代と羽織袴の百目木修理(30)が口と顎にかつら髭をあてている。
貧相で頼りなげな相貌に、全く似合わない髭を。

サトの声「ああもう。最悪!」
 
○同・表門
『黒金村代官所』の札が掲げられた門。
その向こうに、葵の御紋の入った幕が掲げられた黒漆の陣屋が見える。

『SAIAKU~最後の悪代官~』


(つづく)



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