ファミコンの日
突然ですが、7月15日が何の日かご存知ですか?
「海の日」と答えた方、正解です。
でも、ゲームが好きな人だったらこう答えるかもしれません。
ファミコンの日
41年前の1983年7月15日に、ファミコンことファミリーコンピューターが発売された日です。
去年がファミコン生誕40周年だったこともあり、任天堂でも2023年の7月15日から1年間にも渡る一大キャンペーンを実施していました。
いやー、懐かしいですね!
ぼくはファミコンが市民権を得たタイミングに小学生時代を過ごしたドンピシャの世代だったので、いろんな思い出が蘇ります。
ゲームと言えばファミコン
ファミコンが一斉を風靡した1980年代において、パソコンは一般的ではありませんでした。もちろん、スマホなんてありません。
ゲームを遊ぶ選択肢はほぼファミコン一択だったわけで、ぼくの両親世代にとっては、ゲーム=ファミコンでした。
「ファミコンばっかやってないで、宿題しなさい!」
同じ世代のみなさんなら、耳にタコができていて、今でも疼く古傷になっているでしょう。
ところが、ぼくは両親からこのセリフを言われたことがありませんw
その理由は、ゲームで遊ぶことを容認してもらっていたわけではなく、全く逆の状況だったりします。
ファミコン買ってもらえなかった
ぼく自身がファミコンという存在を認識する前、親戚からのプレゼントでゲームウォッチをゲットしました。
ファミコンの前身にあたる携帯ゲーム機で、一つのハードで一つのゲームだけが遊べる玩具です。
ぼくはこれを文字通りサルのように遊んでいましたw
「ゲームは1日1時間」という根拠のない謎の慣習はこのころから健在だったわけですが、そんなルールをしっかり守れるわけがありません。
親の眼の前で遊んでいれば当然やめなさいと言われるので、そのうちベッドに懐中電灯を持ち込み、布団をかぶって遊ぶようにもなりました。
(ゲームウォッチの画面にはバックライトがついていないので、明るくないと遊べないのですよね。)
業を煮やした両親は、ゲームウォッチを取り上げて、ぼくの手が届かない高さにある戸棚の奥に隠してしまいます。
が、そんなのを探し当てるのは朝飯前で、両親の留守中に見つけ出し、しかも隠し場所に置かれた向きや配置をしっかりと記憶し、遊び終わったら元通りに戻すという完全犯罪を完遂します。
人はゲームを遊ぶために進化を遂げると言っても過言ではありません。
しばらくはそれでごまかし続けることができていたのですが、ある日、妹が隠し場所から取り出してゲームウォッチを遊んでいるところを、急に帰ってきた親に見つかってしまい…。
その後、ぼくがゲームウォッチを目にすることはありませんでした。
はい、すてられちゃったんです><
そんな前科があるぼくが、ファミコンを買ってもらえるはずもなく、その後はありとあらゆる家庭用ゲーム機とは無縁の小中学生生活を送ることになります。
そういうわけで、ファミコンを持っている友達の家を転々として、たまのおこぼれに預かってはコントローラーを握らせてもらうというのが、ぼくのファミコン体験だったりします。
いやー、ほろ苦い思い出です。
ゲームづくりを仕事にするモチベーション
このほろ苦い体験が、ぼくがゲーム開発を仕事にするきっかけになりました。
ゲームを遊びたいけど遊べなかったという成仏できない内圧が高まり、ゲームを作りたいというモチベーションになったわけですね。
でも、ゲームを作る側になって初めて、ゲームがどれだけ魅力的で、どれだけ引き込まれるものなのか、その内側から理解できるようにもなりました。
ゲームは単なるエンターテインメントではなく、総合芸術でもあり、ビジネスでもあります。プレイヤーに遊んでもらえなければ、存在しないも同然ですし、ゲームを作り続けることはできません。
だからこそ、ありとあらゆる手段を使って、プレイヤーの心をつかんで離すまいと全力を尽くします。
親になって思うこと
そんなぼくが親になって思うことは、ゲームはやっぱり素晴らしいということです。
親に取り上げられても、捨てられても、ゲームは魅力的なものであり続けましたし、その過程で学べたこともたくさんあります。
一方で、ゲームに没頭してしまうあまり、日常生活が疎かになってしまうリスクも身を持って経験してきているので、手放しで無制限に遊んでしまっていいものだとも思いません。
大事なのは、親自身も子どもが何を楽しんでいるのかを理解したり、欲を言えば一緒になって遊べることだと考えています。
次回は、子どもがゲームとどんな付き合い方をすればいいのか、親としてどのようにナビゲートしてあげればよいのか、そのあたりの個人的な例を記事にしたいと思います。
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