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新潟旅行記: 旅先の思い出

旅をすると、様々な地域の、文化や生活の一端を知ることができます。これもまた、旅の醍醐味と思います。

それぞれの土地には当然それぞれの文化があります。
住んでいると案外見えなかったりするのですが、旅をしていると異邦人の立場で土地の文化を見ることができるので、発見も多いです。
その土地にしかない食べ物であったり、町の作り方だったり、公共施設だったり。その土地出身の人に改めて由来を聞いて、はじめて理解できることもあります。歴史とは人の営みの積み重ねであると改めて実感できます。

知らない世界を知れる、というのは同時に、知っている世界の別の一面を知る、ということでもあります。自分のふるさとの文化、ひいては自分自身がどのように成り立っているのか、思いを馳せる良い機会になる気もします。

新潟への旅で印象に残ったいくつかの場所についてまとめてみます。


諏訪の湯小路

湯小路入口。小さなまちかどに硫黄の臭い。

諏訪駅から徒歩で20分ほど離れた小さな街角、本当にこじんまりした温泉街です。付近に居酒屋なども少なく、温泉街特有の賑わいはありません。

古びた小さな小屋からほのかに明かりが漏れていて、近づくと蒸気と硫黄の臭い。よく見ると入り口が男女で分かれていて、ようやく温泉であることが分かります。街中にある銭湯とも、かなり違う趣です。
湯小路と名付けられたこの一角は、こういった小さな銭湯が数件並ぶだけで、著名な観光地ではありません。知る人ぞ知る、という雰囲気はありますが、大きな駐車場などが整備されているわけでもないのです。

大和温泉入口。会員限定の営業のようです。

以前は地元民以外も自由に入ることができたようですが、コロナの影響で事前の登録が必要で、基本的には地元民以外お断りになったようです。
外来の人を絶っても、どうやら温泉街は眠りにつくことなく、地元民の生活の傍らでひっそりと息づいたままでいます。
寝息というより、瞑想する人の息のような静かな佇まいで。

部外者である私は、小さな温泉には入ることができませんでしたが、公共施設である「湯小路いきいき元気館」というところには、受付の人に確認して入れてもらうことができました。
こちらは20人ぐらいは入れそうな湯船とサウナがある比較的大きな施設。
私が訪れた時期は、ちょうど地元の諏訪大社で7年に一度開催される「御柱祭り」の時期で、地元の人がその手伝いについて話していました。
他にも、たまたまお年寄りの知り合いに出会い、背中を流して上げている男性の姿も。暮らし、というものが感じられてなんだかほっこりします。観光地化された温泉街では、なかなか味わえない風情です。

この辺りの温泉は300円くらいで入ることができます。
もっと外部にアピールすればいいのに、と思いますが、ここの人たちの暮らしを乱すのも申し訳ない気がしますし、風情が壊れる気もします。

諏訪は寒い土地柄です。冬になれば雪の降る中、こうした温泉で体を暖めたりするのでしょうか。味わい深い光景です。四季折々の表情があるのでしょうね。
子供からお年寄りまで、様々な人の人生を見守って来たのだと思います。これからもどうか、そのままの佇まいで生き続けてほしいものです。


善光寺

善光寺は長野駅から歩いて20分ほどの位置にあります。
645年創建の善光寺は1400年の歴史の中で幾度かの焼失の憂き目にあいながらも、信仰の力で再建を繰り返してきました。

ご本尊は日本最古と言われる一光三尊阿弥陀如来で、絶対秘仏のため表に出ることは決してなく(寺の住職でも見ることはできないそうです)、7年に一度の御開帳でその分身である前立本尊が衆目に公開されます。

七年に一度の御開帳、黒山の人だかり。

訪問したのはちょうど、7年に一度の御開帳の年でした。
入場は朝5時半から可能とのことですので、6時頃に宿を出たのですが、お寺に到着する頃にはすでに長蛇の列ができていました。

回向柱。煩悩を抑えて頑張ります。

本堂前に立てられた回向柱が前立本尊と繋がっていて、触れると御仏と結縁でき来世の幸せが約束されると言われています。
日頃は5000兆円ほしい!とかそこまでいかずとも4630万円欲しい!などと煩悩にまみれながら人生を過ごしている自分でも、触れることで何か大きな御仏の意思を感じたような気がしました。
御仏の教えに従い、今後はもう少し煩悩を抑えて生きることにします。

その後、前立本尊を拝むため本堂に並びました。
その列はすでにものすごい長蛇の列をなしており、1時間半ほど待ち時間がかかるとのこと。さすが7年に一度の御開帳、すごい人気です。
待ち時間の間に読むことができるよう、善光寺の由来を記した善光寺縁起という絵巻物が掲載されていました。
それによれば善光寺のご本尊はインドの月蓋(がっかい)長者というお金持ちによって製作。
百済を経て日本にわたったあと、蘇我氏と物部氏の争いのなか消失し、信濃の本田善光という人に見いだされ――現在の善光寺で祀られるようになったとのことです。

信仰の力というのはすごいものです。
時の流れに抗い続け、幾多の戦争や災害にも負けず再建を繰り返すのも信仰の力によるもの。
秩序はやがて無秩序に向かう「エントロピー増大の法則」、それに反しているようにすら見えてしまいます。

そうしてようやく前立本尊のお姿を拝むことができました。
私はあまり信心深い方ではありませんが、長年、大勢の人に信仰された歴史の厚みといったものをひしひしと感じました。
薄暗い本堂の中で、灯火に照らされて浮かび上がるそのお姿は、まるでこの世のすべてを見透しておられるような不思議な存在感がありました。

その後、お戒壇巡りというものに挑戦(?)しました。
これは、ご本尊下を通る暗い廊下を通り、ご本尊と繋がっている錠前を手探りで探り当てガチャガチャすることで仏様と縁が結ばれるとのこと。本来は何も光源のない、まさに真っ暗な場所だそうですが、コロナ以降は小さな明かりが灯されるようになったそうです。
それでも、前の人の背中も見えない暗がりの道。小さな明かりがかえって自他の境界を曖昧にし、自分がどこにいるのか、何をしているのか、どんな人間だったかもぼやけていくような不思議な感覚を味わいました。
手探りで錠前を探り当て、なんとか明るい場所に出たとき、お天道様のありがたみを改めて知ることができたような気がしました。

同じくお戒檀巡りをしたことのある友人には、胎内に入り、産まれ直したような気分になった、という方もいます。
感じかたは人それぞれですが、一時的に自分と外界の接触を絶つことで、存在している物のありがたみを知ることができるような気がしました。
色即是空、空即是色。他者がいるから自分が成り立つ、この感覚を忘れないようにしたいです。

今回は御開帳の時期にお参りすることができ幸運でしたが、その分混雑もすごかったため、善光寺の周囲の宿坊や山門の上の廊下など、時間の都合上回れなかった場所も多くあります。
次回はもう少し落ち着いた時期にゆっくり回り、人生について考えてみたいです。兵庫県にいる両親にも見せてあげたいと思いました。

また、同じ長野の町でも、善光寺周辺と松本周辺では趣がだいぶ違うようです。門前町と城下町の違いですね。今度は松本にも赴いて、その違いと歴史に思いを馳せてみたいと思います。


旅は準備が9割と言われますが、その本意は「スケジュールを綿密に立てる」ということではなく、訪問地の歴史や文化を事前に知り、現地で得られる体験の質を高めることにあるといいます。
今回の旅は訪問する土地のことをよく調べずに出掛けてしまったことが反省点で、現地で得られるものが減ってしまい勿体なかったです。
次回の北海道旅行ではその辺りを反省し、もう少し現地のことを事前に調べてから、訪問するようにしたいと思います。

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