2017/12/08 弟と地元でインドカレーを食べた話

この日記は、2017~19年にかけて、某美大生が送る(宇宙人向け)日常ブログ『親指のゴールデン・レコード』のメンバーとして投稿していた際のものです。


2017/12/08
冬はクリスマス、大晦日、正月の3連チャンで家族、親戚が集まる。寒くて家から出ないから、他の季節より少し家族の距離も縮まるかもしれない。

 今日、母親は親戚からご飯に誘われ帰りが遅かった。
我が家は基本、家族四人(父、母、私、弟)揃って晩御飯を食べるのだが、こういう例外の時は決まって近所の中華屋さんに行く。父が自営業の自転車屋を休んだ日とか、母がものすごくご飯を作る気にならなかった日とかだ。
その中華屋は華東というお店で、父の友人がやっている。そこのおじさんは私の家で自転車を買ってくれているし、お互いさまの関係で付き合いが長い。父は新しいお店やチェーン店には全く関心がなく、外食はこの華東かもう一軒のトンカツ屋やす平の二択。それ以外はほぼ認めない。
だから、私たちは「今日は外で食べちゃおうか」ということになると、頭の中に完全に暗記されている華東のメニューを連想し、ああ今日は五目かた焼きそばにしようかな、ワンタン麺でもいいなと考え始める。
 しかし、父が接客で手が離せなかったため、先に私と弟だけで食べに行こうということになった。

 
 そして、父がいない今、私たちには選択の自由があるということに気がついたのだ。
 せっかくだからどこか華東ではないところに行こうと思考を巡らせたのだが、それなりにお店があるはずなのになぜかちっとも思いつかなかった。
商店街に近づき、このまま直進すれば華東が見えてくる。それとも角を曲がってトンカツのやす平に行くか、新規開拓か。そこで私たちの目に飛び込んできたのは、二年ほど前にオープンしたもののその存在を忘れていたインドカレー屋だった。


「カレーありだな。」

 そして私たちは華東に行かないという決断をした。
ただいつも通りの華東に行かないというだけで、私はまるで規則を破っているような後ろめたさと若干のスリルを感じていた。
無駄に大きく光を放つメニューの看板を眺める。それにしても写真の色味が悪い。

「でも二年くらい続いてるんだし、きっとそれなりにお客さん入ってるんだよ。」

 弟の言葉に背中を押され、私たちはカレー屋に入った。
絶対にインドカレー屋になる予定ではなかっただろう、玄関のような黒い引き戸を開けると、左右からはち切れんばかりの笑顔でインド人店員さんが迎えてくれた。


「オスキナ席ドコデモ~~」
 と通された店内は想像以上に広く、私達以外誰もいなかった。
店員さんは、インドカレー屋さんで他に見たことがないくらい丁寧な接客で、暖かいおしぼりの袋をパンッと開けて居酒屋のように掌においてくれた。
いったいどこで覚えたのか。しかも、「インド味デス。」とスープまでサービスしてくれた。
私たちは絶妙にスパイシーなコンソメスープを飲みながら、クスクス笑った。

 その時に、弟と2人きりになるのが久しぶりだな、と思った。向かい合って弟の顔を見るのも。


「ここ、前はなんだったんだろうね、居酒屋とか?」
「いや、お店じゃなかったんじゃない?普通に家でもおかしくない。」
いろいろ普段話さない分話せるチャンスだと思ったけど、特に話すこともなかった。
 私は年齢より子供に見られることが多いから、若いカップルだと思われてるのかなと思った。親のお金だしと思って弟より欲張ってカレーが二種類選べるセットを頼んだけど、もし彼女だと思われていたら大食いな女みたいでやだなと思った。

 やがて、もう1人おじさんが来店した。やけに親しげに店員さんに話しかけていたが、なかなか会話が通じていなかった。おじさんの後輩らしい男性も後から加わった。おじさんたちの会話の中で、私たちはここが昔は洋食店だったと知った。
それからおじさんは、ワインを頼み、いちいちテーブルのどこに配膳するか気を使っている店員に
「いいんだよ好きなとこに置いて、置いちゃって、そうそう。」
と、指導していた。
私たちは食べながらずっとおじさんたちの会話を盗み聞きしていた。
カレーは美味しかったけど、私は結局欲張って頼んだカレーセットBを食べきることができず、会計の時に店員さんから氷砂糖をもらって、コロコロ口の中で転がしながら帰った。
 

 「月に一回来る気になるかどうか、くらい量が多くて覚悟がいるな。」

弟が言った。いや、月に一度も来ないだろう。

でも、久しぶりに流れた姉弟だけの時間を噛み締めながら、また二人でご飯を食べに来ようと思った。きっと、気づかないうちにこういうチャンスはどんどんなくなっていくんだろう。
 
ただ、帰ってからやっぱり華東の五目かた焼きそばが食べたかったような気持ちになった。


P.S 自己紹介がわりにこの昔の日記を載せます。
その後、あっという間に私は大学を卒業し、家を出て結婚して、弟と二人で外でご飯を食べたのはこの時が最初で最後だったかもしれません。

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