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モノローグでモノクロームな世界

第十部 第二章
三、
 TheBeeのシステムの内、人々に幻覚のような共感覚を引き起こすシステムを止める事。それが、ケイに課せられた任務だった。
 壁の外の実地調査が終わり、人々が再び暮らしていけるような安全面が確保されれば、いずれ壁は壊されるだろう。だが、そこまで世界を導いていく必要がある。その為に、ワームは存在する。そう彼は説明をしてくれた。
 壁が担う循環システムは維持したまま、共感覚を引き起こす震動を止めることは可能なのか。
神代真飛は、本来、TheBeeの機能とされている、清浄な空気や湿温度の管理、エネルギーの循環システムは、TheBeeを止め、壁のみになっても機能する筈だと教えてくれた。TheBeeの共感覚システムは、循環システムの際に発生する僅かな振動を増幅させ起こしている。
 TheBeeは、二匹の蜂だ。彼はそう言った。
「私は、あれを壊す事はできない。それは私だけではない。
TheBeeの共感覚が働く者は、あれには近づくことはできないだろう。」
彼の部屋で観た似鳥李鳥が創ったアレグロ・バルバロ。
色の認知を失った神代は、全てが白と黒の映像だったと言った。
だが、ケイの目には、黒と白以外の色が見えた。
 恐らく、子供の時も彼の目にはその色が映っていたのだろう。
だが、忘れてしまっていた。
その色、赤を。7桁のコード、それがTheBeeを止めるコードだと、
色の名を口にしたケイに、部屋の片隅に居たリトリが教えてくれた。
「私達、リトリは似鳥李鳥の複製品です。
私達はつけられた名を理解するために、似鳥李鳥という人の思考、行動の全てをトレースする。
 彼女は、とても孤独で、この世界でちっぽけな存在だった。彼女もその事を分かっていた。分かりすぎていた。
だから、幾つも、幾つも、安心できる函を創った。
 この世界もTheBeeの共感覚のシステムの元となった物も、その函の一つにすぎません。
それがこんな形で利用されるとは、きっと想像もしていなかったでしょう。
何故なら、彼女は函がどれも欠陥である事を知っていたから。
だから、全てにおいて壊す手段を残しておいたのです。
 自分自身という函に対しても。
貴方は、それを分かっていたのでしょう?カミシロマトビ。」
そう話したリトリの顔は、どこか悲し気で寂し気だった。

 ワームの舟で出会ったリトリとは違うリトリ。
だが、ケイはそこに同じ人間の匂いを感じていた。
 神代真飛は、共感覚で皆が見ている光景は、似鳥李鳥が描いた楽園が元だと教えてくれた。
「もうこれで終わらせる事ができる。自分勝手だと言われても構わない。
だが、私はもう終わらせたかったんだ。
私の復讐も、懺悔も。」
 真飛は、今頃、あの地下世界からワームやサカイに住む人々に対し、次のステージに入った事を告げているだろう。
 彼との約束である、TheBeeのシステムを止める。
それを察知されれば、恐らくナインヘルツの抵抗にあうだろう。
ナインヘルツの目を他に向けるために、サカイの各地で暴動を起こす。
そして、TheBeeの共感覚のシステムを止めることができた後は、
壁の中の人々が壊れてしまわないように、導いていかなければならない。
 その為には、ワームの人々だけでなく、今なお共感覚に陥っていない者達の協力が必要だった。
ワームの基地から発信され続けた、ラジオ・ステーション。彼らは、ラジオ・ステーションを通じて、共感覚に陥っていない者達にメッセージを送っていた。

 楽園を本当に壊していいですか?
最後に彼にそう尋ねた。
彼は少しだけ笑みを零しながら答えた。
楽園は等しく人が望むから、楽園なのだと。
たった一人でも望まない者が居れば、そこはもう楽園ではない。


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