なぜ教師になりたいのかと問われる日々。


 勉強が大好きだった私は、いつか良い大学に行きたいと思っていた。割と小さい時から、大学の資料などをもらってきては、素敵なキャンパスで勉学に励む自分を想像してワクワクしていたものだ。大学に行くというのも、もう当たり前の人生コースの一部で、そういう道をたどるということは私の中で必須だった。なのに、人生は全然思い通りに行かない。私はいわゆる魔の82年生まれで、青春時代はまさに日本の経済難、就職氷河期真っ只中で過ごした。色々な家庭の事情と経済的な理由で、大学行きは一旦諦めなきゃいけなかった。しばらくバイトやら派遣やらOLやらをして暮らしていたのだけど、長時間労働と低賃金で毎日をやりすごすのに必死で、いつまで経っても大学に行けずにいた。勉強に対する情熱と夢だけは持ち続けていたのだけど。今の若い人には(実は私も心の中ではこっそりまだまだ若いと思っているのだけど)わからないかもしれないけど、本当にその時は経済が停滞していて、ネット難民がたくさんいたりして。でも、まだやりがいの搾取なんて言葉はなかった。搾取されているという感覚自体がまだなかっ、搾取されるのが当たり前の時代だったのだ!!

 ある日、ひょんなことからアメリカに行くことになった。アメリカに旅行に行くのではなくて、アメリカで暮らすことになったのだ。これは私にとって大変な人生の転機になった。アメリカに着いてから、改めて英語を勉強してみた。無料で受けれる外国人のための英語教室があって恐る恐る行ってみたのだけれど、本当に感動した。無料のクラスなのに、コミュニティーカレッジ(日本の短大のような場所)の綺麗なキャンパス内で他の大学生たちが受けているような形態のクラスだった(ただ、治安は良くない場所だったけども)。無料のクラスなのに、先生たちは本当に知識が豊富で、情熱的で、クオリティが高かった。友達もできて、ある程度英語に自信が持てるようになってから、改めて四年制の大学に行きたいと、英語の先生に相談すると、すぐに進学専門のカウンセラーを紹介してくれた。色々と教えてもらいながら希望の大学に申し込みをしてみたら、すぐに受け入れられてしまった。日本と違って、アメリカに来ただけでこんなにすんなり大学に行けてしまったのは、どの学期からでも入学ができる入学制度のおかげもあったけど、何より、国、州、市からの経済的支援をたくさん受けることができたからだ。小論文やらプレゼンやらで、なぜ私が大学に行くべきかをちゃんと説明できれば、奨学金や低金利のローンや融資の機会をどんどんくれる。たとえそれが外国人であっても、どんどんくれる。日本にいた時には感じたことのないスピード感と教育機会の平等感。なるほど、これがよく言う「チャンスの国アメリカ」かぁ!!

 晴れて大学生になった私は、むさぼるようにキャンパスライフを満喫し、勉学に励んだ。奨学金をたくさんもらえたので、週に何回かバイトを入れただけで私は勉強に励むことができた。しかも大学内で日本語を教えるチューターのバイトをすることができた。日本にいたころよりも時間はたっぷりあって、それも手伝ってか、私は毎学期オールAを取っていた。基礎教育が終わってそろそろ専攻を決めないと、というころには私の気持ちは決まっていた。教育学部だ。教育学部しかない。教師になりたい!

 私が教師になりたいと思ったのは、いつまでも、いつまでも学校に行きたかったから。ずっとずっと勉学に打ち込みたくても出来なかった状況が何年も続いたから、このまま学問の世界にいたいという想いが強すぎるまでに成長していた。でも、いつまでも学校に行きたいといっても、ずっと学生でいるわけにもいかないから、教師になろうと思った。理由はそんな単純でちょっと不純なことだ。実は、特別子供が好きだとか思ったことはなくて(かと言って嫌いなわけでもないけど)、結婚して十年経っても子供ができないことを思い悩んだことすらない。私の主人ももちろん気にしていない。(よく、無遠慮に「あなたが子供ができなくてもご主人は大丈夫なの?」とか聞いてくる人がいるから一応書いておく。そもそも女性の方にだけ不妊の原因があると決めつけるのは良くないと思うけど。)そういうわけで私は大学生活の半分以上を教育学部で過ごすことになった。

 大学の教育課程に通っていたころは、「どうして教師になりたいと思う?」という質問を二日に一度はされていた。一見簡単なようで実際は答えるのが難しい質問だ。色々な事を考えて(といってもそんなに深くは考えてなかったけど)教師になろうと決めたのに、二日に一回説明を強いられたのでは大変にウザい。いつも、この質問をどうやってかわそうかと思っていた。たいてい他の教育学部の学生は、「子供が好きだから。」とか、「次の世代に貢献したいから。」とか、「より良い世の中を作るために、社会に貢献したい。」とか、答えていた。でもよく考えれば、たいていどんな仕事だって、より良い世の中を次の世に残せるように色んな形で貢献している。何らかの社会的な役割がどんな職業にだってある。では、なぜ教師でなければいけないのか。私は「うーん、社会に貢献したいっていう答えは、突っ込みどころ満載だな。」と思った。それに引き換え子供が好きだというのは確かにとても大きな理由になり得る。特に幼稚園や小学校の教師になるなら、子供好きでなければとてもやっていけないだろう。「よし、子供が好きだという理由には、突っ込みが入れにくいな。」なんて、すごく単純に考えた私は、ある教育哲学の授業の初日、「では一人ずつ簡単に自己紹介をして、なぜ教師になりたいと思うのか理由を一言でいいから言ってください。」という教授の言葉に「初めまして。リサです。教育課程の2年目です。子供が好きなので教師になりたいと思いました。よろしくお願いします。」とうそを交えつつ言った。すると全員自己紹介が終わった後、教授が、「子供が好きだと言った方に質問します。子供が好きってどういうことですか。その好きという言葉の意味をもっと掘り下げて教えて下さい。それから、子供って誰?どんな人のこと?あなたにとって子供の定義は?」などど、ものすごい突っ込まれてしまった。「子供が好きだから」はこんなに突っ込みどころ満載の答えだったとは!!

 これは、うそをついた天罰だとさえ思った私は、仕方なく本当のことを白状した。「子供が好きって、便宜上言っただけです。もちろん嫌いなわけではないですよ。ただ、こう言えばたいてい皆、納得してくれますし、聞こえもいいから。すみません。本当はただ、アカデミックな場所が好きなだけでいつまでも学校に携わる仕事をしたいと思ったんです。」教授は私の告白になぜか満足したようだった。他の生徒も少しずつ白状し始めた。「実は私も、そんなに子供が好きってわけじゃなくて。教科自体が好きなんです。この教科についてなら一日中話してられるかなって思って。」「私は子供が好き。でも、それ以上に教師になろうと思ったのは、夏休みに仕事しなくてもいいから(基本アメリカの公立学校の教師は夏休みに仕事がない。給料もない)。」「私も、夏休みに仕事をしなくてもいいってのは、教師になろうと思った大きい理由。それから、オフィスでの仕事なんて考えられない。キュービックの中で一日中上司に監視されながら仕事するなんて無理。自分の教室だったら自分の好きなようにやれるから。」まあ、皆、他にも色々な現実的な理由があった。もちろん、職業選択なのだから、休暇の有無や社会保障なども教師になろうと思う大きな要因だ。ただ、この議論の末、皆、教師になりたいと思う人たちだから、たいていは子供が好きか、少なくとも嫌いではない、ということは分かった。でもそれ以上に、皆、教えたいと思う教科に対する情熱が強かったり、比較的社交的な性格で人と接するのが嫌じゃないという性格だったり、自分のやりたいようにやりたい、人からの指図を受けたくない、という自立志向が強かったりする、というのも分かった。同じ穴のムジナ同士、教育学部のクラスメートたちとは本当にみんなと仲良くなれた。特に教授が突っ込みまくってくれたお陰で、皆本音を言い合って、ぐっと心の距離が縮んだようだった。教授、やるな!

 この後、この教育哲学のクラスで一学期間、人間が子供から大人になるということがどういうことなのか、そこに介在する教師という存在がどういうものなのか、教育とは何か、という感じのことをひたすら議論して、考えることになった。とにかく読書の量は大変だった。特に英語を読むのがものすごい遅い私はよく徹夜をしていた。それでも、プラトン、アリストテレスからはじまり、ハンナ・アレント、デューイー、バイースタなんかを読んで、今まで考えたこともない事に思いを巡らせたり、クラスの皆と議論したりした時の、あの気持ちの高揚感は今でも鮮明に思い出せる。なんて楽しいんだろうと、心の底から思った。こんな時がいつまでも続けばいいのに。教授はものすごく厳しかったけれど、教授がこのクラスに大変な情熱を持って挑んでいるのはジンジンと感じていた。とても有意義なクラスだったし、このクラスのおかげでますます学校が好きになり、ますます教師になりたいと思うようになった。私が行った大学は本当に良い大学で(別に有名なアイビーリーグとかではないけども、非常に個人的な感想で良い大学だと思っている)、たくさんの仲間とたくさんの尊敬できる師に出会えた。さて、ここから教師になることを目指して私のばく進劇が始まる!

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