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トンネルを抜ける / Day20 波に身を任せる

   人の記憶って何だろうと思う。この家に当たり前のようにいた人がいなくなってから約2ヶ月半。彼を知っている私の親友といつも「なんかそれよりももっと前のような気がする」っていうのを最近話す。直後に感情を放出しまくったせいか、その反動でというか秋の静寂と共に、自分がやっと「自分」だという感覚を取り戻してきているような感もある。

   少し前に、親友の一人であるみおこちゃんと彼女の所有する山の別荘に行った。わくさんと別れた直後、仰天した彼女は超忙しい合間をぬって家に来てくれた。「辛い時は兎にも角にも自分を甘やかした方がいいんだよ」と言って大きな花束、美しいチョコレートケーキ、思いっきり女性らしい香水とボディーシャンプを持参してくれたこと一生忘れない。この甘やかし作戦は、バツイチの彼女の離婚した直後の経験から由来しているそう。女子校にいたら間違いなくモテそうな、背が高く少しボーイッシュな雰囲気。今は台湾人の男子とコロナ故の遠距離恋愛だ。

   彼女の別荘の場所は、私が学生時代に行っていた母校の施設の近く。という事もありお互い遊んでいた場所が偶然一緒だと言うことが判明。朝から自分たちのお気に入りの湖で泳ぐことにした。残暑の太陽が名残惜しげに照りつける中、20年ぶりに足を入れた湖。10代の始めから勝手知ったるその湖は、静かに私を歓迎し、私も身を委ねた。久しぶりであったとしても見慣れた景色は、10代の自分に瞬時に連れて行ってくれる。予測不可能な未来のことは全く考えなくてもいい。体全身でその日々の喜びや悲しみをただ感じてればよかった10代。人はいつから自由を失うんだろうかと、水の中でふと思った。

   澄んだ浅瀬から沖合に行こうとすると、今年の天気がそうさせたのか、想像を絶する量の水草が生えていて足元をすくってくる。かなり泳げる自分でも、その水草は行く手を阻むため、私とみおこちゃんはそれ以上進むのを諦め、また浅瀬で泳いだ。行く手を阻まれた時に、無理に行く必要はない。そう、辛い時に無理に前進する事もない。

  少し前に登場した1年ぶりに再会した男友達のアラカワ。サーフィンをすると言う彼も言っていた。「その流れを読み間違えなければ上手く行く。大きな波に身を任せて」。湖に波はなかったけれど、間違いなくそれは私を包容し、再び自由を謳歌することを教えてくれた。映画のワンシーンのような叙情的な景色も一生目に刻まれると思う。美しい夏。




   



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