要らない仕事と要る人について
舞台を中心に俳優として、演劇界で活躍してこられた方の講演を聞いたことがある。
もう十年以上も前のことだけれど、その中で今も覚えている言葉がある。
それは、その方が先輩から言われたという言葉。
「私たちの仕事は、要らない仕事。なくなったって明日から世の中が困ることは何もない。でもね、要らない仕事の中で、要る人になりなさい」って。
コロナ禍で、演劇は、芸術は不要不急か、なんて議論があったけれども、それとはまた別の話で。
自らの携わるものを、要らない仕事、と言い切ってしまえるところに、私はむしろ、仕事への誇りとか矜持みたいなものを感じて、とてもかっこいいと思ったのだった。
ただ、要る人、には、ちょっと気をつけないといけない。
人は、どうしても、集団の中で、要る人、になりたがる。
若い頃は特に
あるいは年をとってくると余計に
君がいないとまとまらない、とかこの部署にはあなたが必要、とか、そういうのって言われると心地いい。
自分への有能感、優越感みたいなものが上がるし、人に認められることは承認欲求を満たしてくれるから。
でも、誰かがいないとまわっていかない組織なり集団は、意外と、脆い。
どんなにその人の活躍が華々しく見えたとしても、組織としては、三流なんじゃないかな。
だって、代替性があることや、それでもまわって継続してゆくことこそが、組織としての本質だと思うから。
そう考えれば、たとえば、華々しい部署から、自分の望まない別の部署に変えられたとしても、自分の存在価値に揺らぐ必要は、何も、ない。
誰がやっても、それなりにできること。
そういう仕事が多いほうが、組織としての安定感は大きい。
誰がやっても同じ仕事、でも、あの人と仕事がしたい、そう思われる人になりなさい、
そんなことも聞いたことがある。
誰がやっても同じ仕事、を恥じる必要もどこにもない、ということだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?