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ツインレイ小説第二部より抜粋④

使わなくなった食器とか、電気ケトル、古くなったフライパンとか。

燃えないゴミの日は月に二回しかないから、早目にまとめておかなければ出しそびれてしまう。引越し前に出しそびれるということはそれらも段ボールに詰めて持っていかないといけないことだから、それは、避けたかった。

これが済んだら、タンスとクローゼットの中も一斉処分しないと。

娘が小さい頃お気に入りだった、可愛い猫柄のTシャツ、小学校の入学式で着たワンピース、断捨離の度に、でも捨てられなかったそんなものも、もう、というか今、処分する時期なのかもしれなかった。


物件はやっと決まりかけてきて、私は少し落ち着いていた。

最終候補の二軒は、どちらも、鉄筋造りのビルで、一階のテナントには学習塾が入っていたから、私は一人、何だか可笑しかった。

ビル一階部分の学習塾、というのはよくある造りなのかもしれなかったけれど、ネットで間取りや築年数を見ただけで内覧を決めたのに、学習塾が付いてきた不思議。そして何件か内覧した中で、最終的に残ったのが学習塾付きの二軒だったという不思議。

僕も行くから。一緒だから。

それは、彼の声だった。


車は動けばいい、家は雨露凌げればいい。私はそういうタイプなのだけれど、夫と娘は違った。そしてそれぞれにこだわりどころが異なっていたから、その希望を取りまとめるこちらとしては面倒なことこの上なかった。

私がいいな、と思っても夫と娘の気に入るとは限らない。いや、まず気に入らない。私が、夫と娘も気に入るだろう、という目線でもって選んだ物だけが、夫と娘に提示される。それが、その二軒だった。


今回、急な転勤と引越しが決まり、私の中には、別居だとか離婚だとかも一気に現実味を帯びて迫ってきていた。私が言うか、言わないか、だけ、みたいな感じで。

私が一人で住む、という選択肢も今、目の前にぶら下がっている、とも思う。

そして心の奥底で、私自身、それを望んでいることも、分かってはいる。

それでも私は、家族で住む間取りの物件を選び、内覧して、荷物の整理も始めて、着々と、準備を進める。

表向きは、まごうことなく、家族の引越し、のための。


でも、私は思ってる。

夫が転勤先で落ち着いたら。娘が大学生になって家を出たら。

そしたら私はいつでも出ていける。

それまでの、住まいとして、の引越し。

私の中ではそんな感じで、それはつまり、私にとってこの引越しは、妻として、母としての仕事のひとつに過ぎないこととも言えたのだった。


様々な物件の間取りをネットで見ながら、私は彼に話しかける。

ね、畳のお部屋っていいよね、私好きなの。
二人で選ぶ時には、和室のあるお部屋を選ぼうね、って。

当たり前じゃん、って彼は言う。日本人なんだから、って笑う。


夢で抱かれる時、私たちは和室に、いる。

広いお庭に面したお部屋、縁側で寄り添って、庭の桜の木を眺めている時もある。

桜の木が満開の時も、雪が降っている時も。

私たちは寄り添って、その木を見ている。

その木も、私たちのことを、全て、見てた。



「桜が、一番好きなの?」
最初の頃、彼に訊ねたことが、あった。

夢で一緒に桜を見た後のこと。

さくら塾、っていう名前にしたのは、桜が好きだから?

塾だから、合格、サクラ咲く、の意味かもしれない、とも思いつつ。

「一番..そうですね。お花見の桜もいいけど、僕、夜桜が好きなんです。日本人だよなーって自分で思う」

そう言って彼は笑ったけれど、私の脳裏には、深い深い群青色のような暗闇に、妖艶な艶かしささえもって浮かび上がる、白い桜の花びらが浮かんで、光って、それは、あの和室で、桜の木に見守られながら、彼に抱かれている、私の白い裸体とも重なった。










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