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追憶?

忘れっぽい、のだと思う。良くも悪くも。

挫折は、私にとっては過ぎてしまえばプラスに変わる。

生きやすく、都合のいい脳だ。


過去の人生、振り返ってみてそれぞれの時点で「挫折」らしき経験はしたかもしれないけど、

その時々の私は、"辛い、投げ出したい" と後ろ向きになりながらも、
一生懸命生きているうちに状況が打開されていった。

自分の感情は後回し。辛い目にあっても、「まだいける」と受け流して時間に解決させる。

当時の生々しくてリアルな感覚も、今となってはもう思い出せない。語ることはできない、今の私の中の何かと結び付けることでしか。失われてしまったんだ。終わったんだ。経験をプラスに変換することしかできない、超が付くほどの楽観的思考。

たぶん、そうやって自分を守ってきた。

人間関係で過去に汚いことをされても、いい顔して許してしまう、そんな弱い自分がいる。



noteを書いていると、ああ私の中にこんな私もいたんだな、と思う。

何にも考えてない頭で毎日同じような生活を過ごしているだけだけど、それでも私は21年間一回も呼吸を休まずに、自分の物語を紡いできたんだと。

何も恥ずかしくなんかない、私だけの経験からしか語れない言葉や感情があるんだよ、あっていいし、それを吐いていいんだって言われた気持ち。

みんな、今を生きることに必死だ。過去のことに思いをはせている暇なんてないほど目の前に考えるべきことがある人が多い、と思う。

でも書き始めたら、あるじゃないか、こんなに。私の中に、私の中の、たくさんの私、たくさんの感情、過去、物語。


アンビバレントな感情を秘めて、直感に突き動かされて、一貫性のない行動をする自分、多元的なたくさんの側面を持った自分、そんな集合体としての一つ、むちゃくちゃな自分像を、自分自身を、抱きしめてあげよう。


"Embrace the glorious mess that you are" 

最近出会ったお気に入りの言葉をそえて。