東京は夜の七時【#逆噴射小説大賞2022】
東京、渋谷、夜の七時。デートじゃなかったら決して来たくは無い場所と時刻だ。最悪な事に待ち合わせ場所として以前から利用していた店は潰れてしまった様だ。畜生、腹が減ってきやがった。手に持っている一輪のバラがやけに重く感じる。他に入れそうな店を探すしかない。それとも向こうからの提案を待つか? どうしたもんかね。
俺が溜息を吐くと同時に、メガネに仕込んだ骨伝導イヤホンがアラームを鳴らす。デート相手に何かあったのか?
「予定変更、今すぐ神南二丁目へ。コンサートの気分みたい」
奴さんの気紛れにも困ったもんだ。はなから計画性ってもんは持ち合わせていないらしい。そいつはまともに夏休みの宿題を提出した試しが無いに決まっている。学校に行っていたかどうかは知らないが。
「それじゃあ、お願い。逃がしはしないから」
わかってるよ、と返事をする代わりにメガネの右のつるをタップする。YESのシグナルが届くはずだ。本当は左のつるを、NOと送ってやりたいが。だってそうだろう? いつもクールなスパイも、いつもハッピーなボマーも、いつもキャッチーなハッカーも、いつもグルーヴィーなドクターも、いつもファンキーなエンジニアも、一番ハードな仕事は全部俺に押し付けて来やがる。溜息は吐くが泣き言は吐かねえ。
バラの花を抱えたまま、俺は跳躍した。渋谷ヒカリエだって一っ跳びだぜ。
俺の目がデートの相手を捉えた。予定通り店に来ない訳だ、すっかりイカれちまってやがる。店が潰れたのも奴の所為じゃないだろうな?
あいつら人払いは完璧にやってくれている様だ。人目を気にする必要は無さそうだ。この距離なら問題無え。バラの花をシュートだ!
ヒット! サービスエースとは幸先が良い。奴さん、感動の余り涙と血を流してやがる。おもてなしの甲斐があるぜ。
東京、渋谷、夜の七時。怪異退治には似合わない場所と時刻だ。
【続く】
(700文字)
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