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心で見えたもの

この絵を描いたのは
母方の父、私のお爺ちゃん。
ふーせんパパというあだ名で、画家だった。
りかちゃん人形は、わたしが小学生の時に遊んでいたりかちゃんで、ひいばあちゃんちを整理していたらでてきたの。

小学生の時に着せられた服を何十年も着っぱなしで眠っていたので、
慌てた長女がひいばあちゃんの端切れを使って、5分足らずで新しい服を繕ってくれた🪡 
 

 

私から見たふーせんパパは、キザで我が道を行く人。
声が低くて高級なハットを被っていて、オシャレで女性にモテモテで‥ちょっと、人と深く馴染むのは難しいような人‥。
ふわふわすぐどこかへ行ってしまうからふーせんパパ🎈

これを言ったら怒られるかもしれないけど、
父方の母、私のおばあちゃん(わたしがよく話に出す立川のおばあちゃん)と
ふーせんパパはバチバチしていて
真逆の性格。 

お互いが会うことは少なかったように感じます。
けれど、
ひいばあちゃんちにはふーせんパパの絵が飾ってあったし、
この絵も綺麗にしまわれていました。

"世間体"が邪魔したけど、
きっと本当は仲悪いわけじゃなかったのかな。 
 
この絵は、4月にガレージセールをしなければ処分されていた絵。
この写真を撮った後に大手企業の会長さんが氣に入って
もらって帰ってくれました。
今頃オフィスを眺めてるかしら。
最後の最後まで、ふーせんパパはかっこいいのね。
 

これは幻のコラボ写真。 
あのふーせんパパとあのおばあちゃんの
ものが、
私の娘によって私のりかちゃんと一緒に
仲良く1枚に収められた写真だから
奇跡みたいで✨たからもの。
 

 
10/23。
ふーせんパパが亡くなって四九日でした。 
私たちがGWに1600キロの旅をしている最中に永眠した。
コロナ患者がいるので。って会えなかったふーせんパパ。 
旅をやめようとした私に母は行きなさいと言ってくれた。
もやもやもやもやして落ち着かない感情だったけれど、伊勢神宮でふーせんパパを感じた時、一緒に旅に着いてきたな。って変な安心もあったのでした。
 
そして、いい意味でも悪い意味でも、
母の居ないわたしの母とふーせんパパの間には、お互いに言えなかった苦労や、誰にもわからない絆があったんだろうと思う。
だから母の言う言葉を守りたかったし、
わたしには踏み込めなかった‥

 
生前から決めていたというお寺は
光と影が一緒に感じられる、怖さと安心を同時に感じる、異世界のような空間。
誰かの心の中にいるような感覚になる。
ふーせんパパらしいな‥ 
 
 
美しいもの、醜いもの、
どちらも見せてくれたふーせんパパ。
本当にありがとう。

自由を堪能してね🎈
 

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