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そもそも①

別れても尚、私がそこまで彼に執着に近いほど恋愛感情を抱いているのか。私たちの出会いから1度紐解かないとあまり伝わらないのかもしれない。

私たちが出会ったのは学校で、でも同級生だとか先輩後輩ではなく、彼が職員、私は学生。現在進行形でこの関係は続いている。




学校の志望動機は好きなアーティストの母校であることのみだった。

本当は歌を仕事にしたかったけど諦めてしまった。それでも、将来音楽関係の仕事に就きたいと思い入った学校だった。


入学後のガイダンスで教員の学校用の連絡先が書かれたプリントを貰った。

書き並べられている5、6名の職員の名前の中にそこまで珍しくはないのに何故か目についた名前があった。

『この人多分若いな…』と変な第一印象を抱いたそれが彼の名前だった。


でもそこから実際に彼と初めて会って、会話をするまで2ヶ月近く間が空いた。


長期休み前の課外授業の初日の1限、教室に入った瞬間にホワイトボードの前に立っていた彼と目が合った。

『誰?』『私より背低いなこの人』と思いつつも知らない人の気はしなかったし、なぜか『この人とは何かある』と私の直感が告げていた。

席に座り「あの人誰…?」と隣の友達に小声で耳打ちすると聞き覚えのある名前が返ってきた。

この人が例の彼だったのだと意識すると『この人が例の…』とちょっとだけ胸が高鳴ったのを覚えている。

かなり私たちの名前を覚えているようで他の子達とオープンキャンパス来てたよね、とか他愛の無い会話をしていた。

私には話が回ってこないだろうと気を抜いていた時だった。


『りんさんは確か配信ライブ出るよね?見るから頑張ってな!』


私は学校の企画している配信ライブに出ることになっていて、たまたま彼は前々から私のことを知ってくれていたらしい(これは付き合ってから聞いた)。

急に話しかけられたのに動揺し「アリガトゴジャマス…」といかにも男慣れしていない返事をしてしまったのに恥ずかしがりつつも、他の子とは違う話を私にだけ振ってくれたのが単純に嬉しかった。

その後、作業中(自己紹介のPowerPointを作った)に彼に出身地を聞かれ「山口です」と答えるとさらに「山口のどこ?」と聞いてきた。

ガチのド田舎なのに絶対知らんやろ、と思いつつ恐る恐る地元の名前を言うと「刑務所あるとこやな」(これはガチ)とさらっと返してきて、彼の印象は一気に『変な人』となった。


その授業があった何日後かにたまたま廊下で遭遇した時、ちゃんと私の事を覚えて挨拶をしてくれた。

そんな些細なことも嬉しいと思うようになっていて、気がついたら会って間もないのに彼に惹かれ始めていた。


次にちゃんと話したのはライブの前々日。彼が提出物の返却に来た時だった。

前とは違い黒縁メガネをかけていたのと初めて会った時と同じように教室に入った瞬間彼と目が合ってちょっとドキッとした。

テストの日程が近かったことからみんなに「カンニングするなよ〜」なんて冗談話をしつつ、彼はまた私に声をかけてくれた。


『ライブ今週末やな!見るから頑張って!』


彼は笑顔でそう言ってくれたのに、嬉しさよりもなんでそんなに私に構うんだろう。という疑問の方が大きかった。


昔から父親は私の成績にも部活にも興味を持ってくれなかった。

バレーをやっていた兄たちの試合は県外だとしてもいつも休みに見に行っていたのに、私が地元の小学校で吹奏楽部の引退ライブをした時でさえ来てはくれない。

テストで学年一位を取り続けても褒めてくれない。

兄たちのことをいつも自慢げに知り合いに話すのに、私のことを「自慢の娘」と言ってくれない父親をどうしても心の底から大好きだと言えなかった。


母親も、毒親育ちで自己肯定感が低い。

母は祖母に育てられたのと同じように私たちを育てたのだと、高校時代祖母と暮らしていて思った。


頑張っても親から褒めて貰えない。それはずっと被っていた優等生の仮面を捨てるのには十分すぎる理由で、高校卒業後は自分の好きな事のために生きようと決めた。


家族でさえもそうなのに、なんで会ったばかりの彼の方がずっと私の欲しかった言葉をくれるのか。

生徒としてしか見てないからそう言ってくれるだと思おうとしても、彼とそれ以上の関係になりたいと初めて思ったのはその時だった。


そこからは彼を見つけてはひたすら話しかけに行った。

毎日話しかける口実をひたすら探した。

無い時は挨拶した後に「暇なんですよお!」と強行突破したこともある。


本当に彼が見てくれるかなんて分からないのにライブは今までにないほど緊張しまくり、MCは話そうと思っていた内容が飛ぶわ無言になるわで大事故だった。

ライブ明けの初めての月曜日、恐る恐る彼にライブの話を振ると「まだ見てない」と言われほっとしつつ、全力で「MC事故ってるので見ないでください!!!」と懇願すると意地悪な顔で「絶対見る」と言ってきた彼に私は完全に落ちてしまった。


前にちょっとだけ話した兄の話を覚えていてくれてて嬉しかった。

ライブを見た後に「アーティストでもいけるのにな」と私の歌を褒めてくれたのも嬉しかった。


猛アタックが始まって1週間後、バイト先の居酒屋で「好きな人がいる」と店長と女将さん、常連さんに相談したところ、「ここに誘ったら?」と言われたのが私たちの関係の始まりだった。




次の日早速彼と話す機会があった。

エレベーターを待っていたら彼がいつものように手を振りながら近づいてきてくれた(アラサーのくせに手ふりふりしてくるんですよ?ほんとに可愛い)。

その時は色々な話ができて、話の弾みで彼が私に「かわいい」と言ってくれた。

好きな人に「かわいい」と言われたのは生まれて初めてだった。


私が慌てて「マスク詐欺ですし!」と謙遜したものの「ライブの時マスク外しとったけどかわいかったじゃん」と彼の褒め言葉ガトリングは止まってくれなかった。

私の気にしていた彼より高い身長も「モデルみたいでかっこいいと思うけどなあ」と秒レスしてきて『チャラすぎんかこいつ…』と心の中では思いつつもマスクの中では口元が緩みまくってしまいあっという間にほっぺたが痛くなった。

話の終盤、バイト先に誘うきっかけにしようと好きな食べ物を思い切って聞いた。


「んー…ハンバーグとオムライス!あと炒飯!」


「…かわいい」と反射的に口に出していた。

めっちゃ和食好きそうな見た目してるのに(ど偏見)お子様ランチに乗っかってるようなメニューが好きだなんて…。

はあ〜!!かわいい!ほんとにかわいい!!!


私の「かわいい」に怯んだ彼はちょっと照れながら「わかりやすいメニューが好きなんよ」と言っていて、そんな所もかわいかった(くどい)。

だがしかし話の本題は終わっていない。ここで攻めるのだ。行け私!


「今居酒屋でバイトしてて、自分でメニュー考えないといけなくって…。それで参考に聞いたんですけどもし良ければバイト先来てくれませんか…?先生の好きな物作るので!」


そこからは私のバイト先の場所とお店の名前を伝え、2.3回見送ったエレベーターにようやく飛び乗った。

私のバイト先の周辺に彼がよく飲みに来ていることや彼の好きな食べ物が私の得意料理だったりして、もしかしたらもしかするかもしれない、と思いながらテストを受けていた(なんとこの期間テスト週間だったんですよね)。


会う度に「来てください!!」とゴリ押しする私に困惑しつつも段々と彼も「昨日お店の前通ったよ」やら「一見さんでも入れる?」やら自分からお店の話をしてくれるようになった。


そしてついに彼が「次の日が休みだから」と学校終わりに来てくれると約束してくれた。

るんるんで「待ってます!」と彼とばいばいした後に『そういえば何時からやってるとか言ってないわ』と思いもう一度彼の元へ戻りバイトの入り時間等を小声で伝え、あとひと押し何かあざといことをしたいと思った私は「内緒ですよ?」と生まれて初めて男性に【『上目遣い』+『内緒ポーズ』】をかまして「じゃあまた明日!」とそそくさと逃げ出した。


彼からは好きとまでは行かなくても「この子に好きになってもらえるのは満更ではないな」とは思われてる自覚はもうその時にはあったから、これぐらいはしていいやろと思ったし『これで確実に落ちたな…』と少し手応えを感じてもいた。




でも能天気な私は「もしかしたら」がもしかしたら、どうなってしまうのかなんてその時は全く考えていなかった。

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