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「本物じゃなかった。」と気づくのが怖かった。

私は、親密性とか調和性を持ってるからなのか関わってくれた人たちと仲良くしたい気持ちが強い。
だからこそ、人と意見がぶつかる瞬間がこわかった。

これまでの私は「自分の意見」と「相手の意見」がぶつかると、
「そういう考えもあるな。」「自分の考えが甘いのかも。」と自分を納得させていた。

「自分の意見を言ったらがっかりされるかもしれない。」
「空気が悪くなるかもしれない。」
「塩対応されるようになるかもしれない。」

上記のような可能性を想定し、実際に見て、聞いて、自分がマイナスな気持ちを抱く未来を避けてた。そういう気まずい反応をされる前提で考えてしまってた。「認め合えない会話に意味はないよ。」と思ってた。

でも、今回やりたいことに向けて動き出すと決めたときは違った。
私は自分の気持ちをまっすぐに伝えることを選び、実行した。
お世話になった人たちに自分の意志を伝える時、とってもこわかった。
そして、その時は来た。

垣間見える冷たさ。瞬時に感じ取ってしまう。
あの時見せてくれた笑顔は、どこに行ったのか。
「ああ、そっか。これが答えか。」
本物じゃなかったと気づく瞬間。これが本当に苦しくて、辛かった。
薄々気づいてたけど。
いざ可視化されると心に事実がグサッと刺さった。

でもね、

幸いにもそれは全員じゃなかった。
応援してくれた人たちもいた。
だからこそ、むしろ良かったんだって思えた。
”最上志向で切る。”
この表現が本当にしっくりとくる。

「私はあなたのことが大切。」
「そのうえで私はこっちに進みたい。これも大切にしたい。」

自分にできることはやってる。
伝えられることは伝えている。
それにも関わらず関係を続けられないのなら、それまでということ。

そんな感じで「うわべだけの付き合いの人たち」と「本当に自分を大切に思ってくれている人たち」どちらと付き合っていきたいかときかれたら、間違いなく後者の人たちだし、これからもその人たちとの時間を大切にしていきたい。

決断をしてからも連絡をしてくれる人たちがいる。
関わりたいと思ってくれる人たちがいる。
本当に嬉しい。
自動的に環境が整備されていてた。
目指している場所をしっかりわかっていれば、人が離れていくことに対してそこまで怖がる必要はなさそう。現にもう実行できた経験があるもんね。
全員と深く繋がるなんてそもそも無理だから。(親密性には特に無理だ。)

「今後もこわくなる時が来るかもしれない。」
「でも、それは自分が本当にそばにいたいと思える人たちのところへ前進できている証拠だってことを忘れずにいよう。」
「その人たちこそが私の求めている本物。」


そんなことを、とある方とお話しして学ばせてもらいました。
プログラムは修了したけど、その他の点でも自己理解がまだ甘かった><
心配してもしょうがないことを気にして、自分の船がいつの間にか流されかけてたけど、ここで気づけたおかげで軌道修正できました!
ありがとおお😊!謝謝!

改めて今関わってくれているみなさん!!応援してくれているみなさん!!
ありがとおおお!!✨
ほんとに周りにいてくれる人たちが大事!!✨
自己理解に終わりはないね(*^^*)

P.S.書いてたら涙出てきたw
それだけ本気で向き合ってたんだな。
人間関係の影響力ぱないの。

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