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彼女ならきっとそう言う

 話は向こうから突然やって来た。

 お姑さんが亡くなって以降、空き家になっている夫の実家。我が家からは車で7時間くらいとかなり遠い距離にあるので、年に2回くらい帰れたらいいほうといった感じで、今後、どうしようかと思い巡らしていた。いわゆるいま話題の「空き家問題」だ。

 往々にしてあるように、うちもゆるゆると遺品整理しているものの、手付かずのものもあり、また秋口にでも整理に帰ろうかと話していた矢先のこと。

 夫の実家近くのお寺から連絡があった。「あんたんとこの家を貸してもらえないかという人がおってね」と。いやはや思わぬところから思わぬ話が舞い込んできたな、と夫と顔を見合わせた。

 住職から夫が話を聞くと、シングルマザー(予定)の人が家探しに困っているという相談をお寺にしたらしく、夫の同級生にあたる住職が「そういえば…」と夫の実家のことを思い出したらしい。

 七回忌が済むまでは実家をそのままにしておこう、と夫婦で話し合っていたので、そういう風に返事をしておいたという話を、帰宅後に聞かされた私。

 「生きてる人のほうが大事って、お義母さんならきっと言うよ!」

 思わず私はそう言った。「自分のことはいいから、困っている人を助けてあげなさいって、あの人(姑)なら絶対そう言うよ」

 夫の父は30代半ばで事故で亡くなった。お姑さんはまだ幼いこども達を連れて地元に戻り、いわゆる女手ひとつで子育てをした苦労人だ。だから、もし生きていたら、自分と同じシングルマザーの人を助けてあげようとするだろうし、亡くなってからもこんな風にこの縁を私たちのところに持ってきたんだろう。

 「COCOA(私のこと)に話したら、きっとそう言うだろうと思ったよ。俺もあの人が生きてたら、同じことを言ったと思う」
 そう言って、夫はすぐにお寺に電話をかけ直した。
「家具や家電もそのままにしてあるから、その人の(転居の)タイミングで都合をつけるよ」と。

 もちろん、相場よりも安めだけれど賃料ももらうし、ちゃんと契約もする予定だ。相手の人がそのつもりだと話しているというし、住職が仲立ちしてくれるらしいし。まあ、契約に関する細かなことはこれから詰めるとして。
 まずはこれから一人で子育てをしていこうと思う人が「準備が整えば、すぐに生活を始められる場所がある」と思えるだけで、(実際、借りるに至るかどうかは別として)ちょっとだけ心丈夫に思えるんじゃないかなと思う。

 お姑さんがたくさんの人から力を貸してもらったからこそ、夫が無事に、そして良い人に育ったのだから

「今度は力を貸す側に回りなさい」
「“世間の冷たい風”の側に回ってはいけません」

 そんな風にお姑さんに、あるいはもっと大きな存在に諭されているような気持ちになる。

 あるいは、いま無職の私たちに僅かでも家賃収入となるよう取り計らった、お姑さんの母心かもしれないけど(笑)。

 夫が私と話した後に了承の電話をした時、住職が恐るおそる「実はネコちゃんを飼ってるらしくて(家に傷をつけるかも)」と言ったそうだけれど、ノープロブレムだ。お姑さんだって、そう言うはずだから。

 こんなことを言うのも何だけど、亡くなってなお、こんな風に思えるだなんて、ほんとカッコいいお姑さんだったな。

 亡くなっても親は親。まだ私たちに学びの機会を与えてくれる。

 

 

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