菫色の奇蹟 Ⅰ
今日も私は、砂浜に打ち上げられた貝殻を拾い集めていた。
___こんなお呪いがある。
恋人を亡くし、悲しみに暮れる人魚。
その人魚は、自身の涙を、涙壺に貯めていた。
愛しい人に会いたいと願う人魚は
ある“お呪い”を思い付いた。
それは、「黄泉の国に行けるお呪い」というもの。
そのお呪いの手順は、以下のものである。
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《お呪いの手順書》
Ⅰ.先ず、月夜の砂浜で、涙色の二枚貝を集める。
Ⅱ.そして、その二枚貝を擦り潰し、涙壺に入れよく混ぜる。
Ⅲ.最後に、それらを月の女神様に捧げると、黄泉の国に「一晩だけ」行ける。
※但し、一晩につき三十個の二枚貝が必要。
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「黄泉の国に行ける」という馬鹿げた謳い文句を、愚かな私は信じてしまった。
あの不思議な少女から貰った《Mermaid Legend》という本に、このお呪いが記載されていたのだ。
夢から本を持って帰ってきた、という摩訶不思議な現象。
この現象が起こるのなら、奇蹟だってある筈だ。
『娘に会えるかもしれない。』
そんな淡い期待を抱きながら、今日も貝殻を拾い集めに行く。
貝殻を拾うために砂浜に向かう、その道中。
私はある少女を思い出していた。
温かな陽射しに包まれ、微笑を浮かべる少女
微笑みをたたえた瞳は、眩く輝いて見えた___。
まだ新しい記憶なのに、遠い昔のよう。
あの日からどれ程の時間が経ってしまったのか。
過去に取り残された儘の私には、知る由も無かった。
空虚な心を抱えながら、這うようにして辿り着いた砂浜。
空にとっぷりと浮かぶ月は、雲に隠され、その光は煙のように空に溶けて消えていった。
探すこと二時間半、見つけられたのは一つだけであった。
而も、その貝殻は小ぶりであった。
砂浜に毎日通い続けて約一年半。
集まったのは二十七個の貝殻。
あと三つ、足りない。
貝殻は足りないが、人魚の涙は手に入った。
夢で出会った、紅いドレスを纏った少女のおかげで。
兎に角、材料集めをやり遂げるしかないのだ。
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