精神障がい当事者の就労支援あれこれ(その5)「職業準備性」について(中編)

 精神障がい当事者への就労支援の「魅力と課題」を記していくシリーズです。

 「職業準備性」についての続きです。いつもご覧いただき、ありがとうございます…。

5.新卒一括採用における準備性

 私たちが社会人になるための準備は、概ね学校教育の中で行われます。そして、卒業とともに、皆同じタイミングで就職していくわけです(その良しあしと、今後もそれが続くのかは別として)。

 社会人として活躍するためには、基礎学力(読み書きそろばん)と、専門知識・資格、基本的なマナーや生活習慣、そしてこれらを活用し成果を上げるための基礎的な力量が必要だとされます。最後の「基礎的な力量」は、社会人基礎力と名付けられています。ちなみに、「社会人基礎力」というのは、経済産業省が主導し提唱する概念ですが、内閣府は「人間力」、文部科学省は「基礎的・汎用的能力」という概念をそれぞれ提唱しています。日本の縦割り行政を象徴するような様相を呈していると思うのは、私だけでしょうか?今はこれらの異同について深堀りする必要はなく、社会人になる前には「何らかの基礎的な力量を身につけることが求められている」ことだけ確認すればよいでしょう。

6.障がい者雇用における「職業準備性」

 私たちの職業生活には、様々な要因が影響を与えます。何らかの障がいを持たれる方々の就労には、個人的な要因に加え、個々の事業者の取り組みや社会的な状況(景気や障害者雇用施策など)、人々の捉え方(思い込みや偏見)なども影響すると考えられます。

 何らかの障がいを持たれる方々の職業生活に影響する個人的要因(の一部)、すなわち個人が身につけておくことが推奨される力量を整理したものが、職業準備性です。

 職業準備性は、おおよそ5段のピラミッド型の構造として図示されることが多いです(高齢・障害・求職者雇用支援機構「就業支援ハンドブック2020」のデジタルブックにリンクしています。16ページに図が掲載されています)。

 職業準備性のピラミッドは、「健康管理」「日常生活管理」「対人技能」「基本的労働習慣」「職業適性」の順に、下から積みあがっています。これは、障がい者の就労においては、資格を持っている、専門技術があることよりも、対人関係や日常生活、健康管理の方が大切で、これらが疎かだと、どんなよい適性を持っていても職業上では活かしにくいですよ、ということです。

7.心理的な安定(安全感・安心感・信頼感)の大切さ

 安全感・安心感・信頼感の大切さは、以前説明しました(「精神科デイケアのあれこれ(その5)」を参照)。これらは、障がい者の就労でも大切な要素であり、ピラミッドの最初、もしくは2段目に位置付けられてもいい(その結果、ピラミッドは6段になる)ものと思います。

 例えば、自己肯定感の低さや空虚感から、心身の健康を傷つける行動に至る(自傷や過量服薬、アルコール多飲など)ケース。ひきこもり状態から生活リズムを乱すケース。そして他者に安心できず信頼できず、相談や報告が疎かになってしまうケースなどです。心理的な要因は、職業準備性における「健康管理」や「日常生活」「対人関係」に大きく影響するわけです。

8.健やかな自己理解の大切さ

 就職を目指す上で、あらゆる人にとって「自己理解」(自己分析などともいいます)は欠かすことができないものです。障がいを持たれる方々にとっては、とりわけ大切な意味を持ちます。

 中途障がいの方は、障がいを得たことにより、自分の力量や自己像の大転換を経験します。いわば「自己理解のやり直し」が必要となるわけです。また、生得的な、もしくは若年での障がいは、自己理解に必要な社会的経験の相対的な不足につながるかもしれません。

 社会的な経験が自己理解につながるためには、何らかの振り返りが必要となります。この振り返りは、自分一人で行ってもいいのですが、誰かの目を借りて行うと、独りよがりにならず、より客観的に理解できるでしょう。就労移行支援事業所などを利用することは、“模擬的に”働く経験をし、スタッフとともに振り返ることで、働くための自己理解を深めることができる、というメリットがあります。

 職業準備性は5段ないし6段のピラミッド構造で図示できる、と先に述べました。この図では、「自己理解」という要素が過小評価されているように思います。ピラミッドの中心の軸の部分を、縦にぶすっと貫く“柱”が、「自己理解」になると考えます。それくらい「自己理解」は重要なのです。

 ちなみに、見出しで“健やかな”自己理解、と表現しましたが、これは「やる気さえ出せば何だってできるんだ俺は」というのも、「障がいを持ってしまった以上、私は決して働けない」というのも、どちらも極端で、合理的な理解の仕方ではない、と思うからです。様々な経験をし、よく振り返って、自分らしい働き方ができるように、現実的で役に立つ考え方をしたいものです。そして、その手助けを私たち支援者はしっかり行っていきたいと思います。

(後編に続く)

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