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【シリーズ摂食障害Ⅱ・#12】成熟恐怖と摂食障害

【シリーズ摂食障害Ⅱ・#12】成熟恐怖と摂食障害
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」

 摂食障害への理解を深めていく連載・シーズンⅡでは、摂食障害と関連する心理面の特徴について、理解を深めています。今回は、「成熟恐怖」について取り上げます。

1.「成熟拒否」とは言わない傾向に


 私が臨床心理学を学び始めたころ(今から30~40年ほど前)、教科書には摂食障害の心理的特徴を「成熟拒否」と記すものが多かったように思います。今では成熟“拒否”とは言わず、「成熟恐怖」という語を用いますし、その方が実態に即していると思います。

 かつて「拒否」という言葉が使われた理由の一つは、当時、摂食障害とは「拒食症」のことであり、(文字通り)食事を拒否する症状が注目されたことにあるでしょう。今日では摂食障害の症状は多岐にわたると考えられ、過食と排出行為とを繰り返すような(拒絶、というストイックな心性ではない)病態をもつ患者が目立つように思います。

 もう一つの理由は、「拒否」された体制側の、ある種の自意識過剰反応にあるように思います。20世紀半ばにおける、若者による社会規範への異議申し立てを、体制側は若者による「拒否」と捉え身構えた、ということです。反戦平和や人種差別撤廃などと並び、女性解放が叫ばれる流れのなかで、摂食障害が、拒食により女性の体とセクシュアリティを拒絶する病態、と意味づけられたのでしょう。因みに、今日の「不登校」も、当時は、「登校拒否」として、既存の教育体制への挑戦と意味づけられ、治療や矯正の対象と見なされた経緯がありますが、それと軌を一にするものといえるでしょう。

2.女性としての成熟


 「成熟拒否」という言葉を用いるとき、その背後には、女性の成熟を生殖性の獲得(のみ)に求める、というニュアンスが見え隠れするのですが、そのような価値観は、社会的には正しくないものです。女性の(男性もですが)成熟とは何か、改めて考え直す必要があるでしょう。

 ちなみに、今日、摂食障害の遷延化が指摘され、成人期以降の摂食障害が注目されています。成人期の患者の中には、摂食障害の症状を抱えつつ、結婚・挙児・子育てを行う方も少なくありません(後々詳しくご説明するつもりです)。この事実は、摂食障害の「成熟拒否」視(成熟性の拒絶)とは矛盾するものです。

3.性的成熟を受け止めることは、男性よりも女性の方が困難かもしれない


 第二次性徴発現に基づく性的成熟は、当事者にとってどのような体験になるでしょう。

 男児にとっては、陰部が発毛する、寝ている間に射精(夢精)してしまい下着を汚して恥ずかしい、といった程度ではないでしょうか。一方で、女児の場合は、生理周期の体調変化と対処、乳房の肥大など体形の変化、妊孕性を獲得することによる心理社会的変化(性交渉を求められた時にどうするのかなど)といった、心身や生活への様々な変化を一時に体験することになります。身体的成熟は、女性の方が変化が広範で激しいものといえ、そのことを戸惑いや恐怖をもって受け止める子がいても不思議ではありません。

 子自身の不安が強いことや、子の性的成熟を祝福し、支え手助けしつつ見守る家庭の機能が弱いことなどによって、「成熟恐怖」と摂食障害とが結びつく、と考える必要があるでしょう。

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 これまでに、摂食障害と関連する心理的特徴を、さまざまな観点から検討してきました。摂食障害とは、決して特別な心理特性をもつ病気でない、ごく一般的で了解可能な病気であることが、お分かりいただいたことと思います。

 「シリーズ摂食障害Ⅱ」は、本記事をもって終了とします。しばらくお休みをいただき、10月下旬から「摂食障害と社会生活」をテーマに連載を再開します。引き続き、ご覧いただければ幸いです。

(おわり)

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