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就労支援における当事者の情報共有(中編)

就労支援における当事者の情報共有(中編)
(「精神障がい当事者の就労支援あれこれ」シリーズ#25)

 精神障がい当事者への就労支援の「魅力と課題」を記していくシリーズです。

 「精神障がい当事者の就労支援における情報共有」の続きをお話しします。ではどうぞ。

 はじめに
 私は、精神障がい当事者の就労支援に係る行政(どこかは伏せますが、とある都道府県)のモデル事業2事業の外部委員(受託先が組織した会議体の委員)をさせていただいておりました。このたび、事業年度がいったん終了するにあたり、これまでの取り組みの成果を、受託先機関の方にご了承いただいた上で、私自身の言葉で総括したいと考え、記事にさせていただきます。
 このモデル事業は、精神障がい当事者の就労支援に関する、複数の課題を扱っています。モデル事業に関わる記事には、「はじめに」(この文章)を添付しています。
記事の内容は、私のオリジナルというわけではなく、事業に携わる関係者との議論を基にしております。一方で、記事の内容に関する責任の所在は私にあることを申し添えます。

4.「就労パスポート」と異なる発想に基づく情報共有ツール

 私たちのモデル事業で取り組んでいる情報共有支援ツールは「マイノート」と名付けられています。「マイノート」も自記式のツールで、十数ページにわたるボリュームとなっています。一度に全てを書き込む必要はなく(そもそも不可能)、その都度情報を追加、または更新しながら書き続けていくよう設計されています。支援者の方と一緒に書き進めていただくこともできます(むしろ推奨)。

 「マイノート」は、先に述べた「就労パスポート」とは異なる発想に基づいて作成しています。最大の相違点は、「就労パスポート」が障がいをもつ全ての方が使用できるものなのに対し、「マイノート」は精神障がいに特化し工夫された支援ツールであることでしょう。

実は、本記事執筆時点で、「マイノート」は仮完成の状態(説明書などを作成中)です。最終的に完成したあかつきには、当該都道府県や受託先機関のホームページ等に掲載されるものと思います。以下、「就労パスポート」と「マイノート」の相違点を列挙してみます。

写真 (2)

図・「マイノート」実物(一部)。デザイン的にも機能的で美しい、と思います

4-1.職業準備性を幅広くとらえ、包括的に記述できる

 「就労パスポート」では、職業準備性における「コミュニケーション」や「作業関連能力」にフォーカスした内容となっています。「マイノート」では、精神障がいの特徴を踏まえ、職業準備性について、「病状や健康管理」「日常生活の自己管理」などを含めバランスよく記述できるようになっています。加えて、当事者の個性やライフヒストリー、ソーシャルサポートの状況など、職業準備性に関連する様々な情報を、網羅的に含んだ内容になっています。

4-2.「発達」の観点を導入している

 「就労パスポート」は、職業準備性を「静的な」ものと想定しており、ある段階での当事者の力量を平面的に描写するのに適しています。身体障がいなどの場合、障がいのレベルは長期的におおむね不変(訓練や対処の獲得、適切なサポートによりスキルが拡大することも多いですが)です。一方、精神障がいでは、障がいの程度は改善も悪化もするもので、職業相談・訓練の進み具合と合わせ、当事者の職業上の力量も変化していきます。「マイノート」では、当事者が力量を獲得するプロセスや病状の推移、当事者の職業準備性に影響を与えるであろうライフヒストリー、キャリア発達の推移などを、時系列で(頁を追加しつつ)書き込めるよう工夫されています。

4-3.職業準備性を、ダイナミックな(動的な)ものととらえている

 「マイノート」では、病状に合わせてコンディションが日々変化しやすい精神障がいの特徴を踏まえ、職業準備性をダイナミックに(動的に)表現できるよう工夫しています。例えば、「自分のコンディション(病気・障害)」という項目があるのですが、自分の状態と対処、必要な配慮について、「いつもの自分」と「調子の悪い時の自分」「調子の良い時の自分」に分けて書き込めるようになっています。

5.「マイノート」と「就労パスポート」は、自己理解のためのツールでもある

 精神障がい当事者の就労支援では、当事者の自己理解が大切です(「精神障がい当事者の就労支援あれこれ」(その5)参照)。自己理解は、集団や活動に参加することによる「気づき」だけでなく、それを他者と振り返ることで促進されます。「マイノート」は、支援者とともに振り返り、支援者とともに記入することで、健やかな自己理解が促されるよう、工夫されています(この点は「就労パスポート」も一緒ですが)。

6.「マイノート」は、個別性を記述することを重視する

 「就労パスポート」では、コミュニケーションや作業関連スキルにフォーカスするため、「できるのか、できないのか」「どれくらいできるのか」といった類の情報が記載されます。

 一方、精神障がいに特化したツールである「マイノート」では、個別性の記述が主になります。精神障がい当事者の就労支援(採用面接)では、職業準備性スコアの高低を見出すよりも、雇用主の条件と求職者の準備性との「相性」を図ることが大切と述べました(「精神障がい当事者の就労支援あれこれ」(その13)参照)が、スキルの獲得の有無を超えた「その人らしさ」を、「マイノート」では表現することができると思います。

 「パスポートを持たせて、職業スキルにお墨付きを与える」のではなく、「病気や障がいも含めた『その人らしさ』を、面接者にしっかりアピールする」という点で、「マイノート」は「就労パスポート」とは異なる発想の情報共有ツールである、といえるのです。

(つづく)

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