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精神障がい当事者の就労支援あれこれ(その6)「職業準備性」について(後編)

 精神障がい当事者への就労支援の「魅力と課題」を記していくシリーズです。

 「職業準備性」と、精神障がいの特徴との関連について考えてみたいと思います。いつもよりちょっと長めです…

9.精神障がいの特徴

 職業準備性と関連した、精神障がいの特徴を列挙してみます。これらの一つひとつが、当事者の方の就労や支援のあり方に大きく影響します。支援者は、これらを頭に置き、丁寧に支援していくことが求められます。

 ・病気や症状が続いている
 ・変化に弱く、調子の波がある
 ・生活面や社会性にハンデが生じる
 ・若年発症で経験不足になりがち
 ・病状や機能レベルに個人差が大きい
 ・調子が目で見えにくく、自分や周囲が理解しにくい 

10.そもそも「障がい」とは何か

 障がいとは、文字通り“障り”や“困難”がある、ということです。障がいというものを考えるモデルの一つに「国際機能分類(ICF)」というものがあります。ICFの考え方をざっくり要約しつつ「障がい」を定義すると、「心身の機能・構造の問題と活動の制約、社会参加の制約が混じり合って生じる様々なレベルの困難」ということになるでしょう。

 ここで大切なのは、“個人の”「心身の機能・構造の問題」だけに焦点化すると、問題を見誤る、ということです。

11.「障がい」はどこにあるのか

 鉄道が信号トラブルで不通となり(交通障害、といいます)、多くの人々が足止めを食っている状態と、車椅子ユーザーの方が、街中でスムーズに移動できず困っている状況とを比較してみましょう。鉄道が止まっていたら、目的地の駅まで移動することができず(活動の制約)、大切なスケジュールに間に合わなくなってしまうかもしれません(参加の制約)。車椅子ユーザーの方は、街中の段差や歩道の放置自転車に邪魔されてスムーズに進めず(活動の制約)、これまた大切なスケジュールに間に合わなくなってしまうかもしれません。鉄道が動かず困っている人も、車椅子ユーザーの方も、困りごとの中身は一緒なわけです。

 仮に鉄道が不通でも、バスやタクシーなどで迂回し目的地に向かえば、スケジュールに遅れることは避けられるかもしれません。車椅子ユーザーの方も、段差のない別ルートを探したり、放置自転車を移動させてくれるよう誰かに頼めたりしたら、目的地には到着できるでしょう。

 鉄道が不通であることと、車椅子を利用していることと、何が違うかといえば、「心身の機能・構造の問題」があるかないかということですが、困りごとは結局同じなのです。

 「障がい者」という言葉には、障がい(に由来する困りごと)の原因が、その人個人に帰属しているイメージがありますが、環境の側、もしくは環境とのマッチングに原因があると考えるのが適切でしょう。騒音が酷い場所では、誰もが「聴覚障がい」者ですし、停電で暗闇になれば、誰もが「視覚障がい」者です。ちなみに、人間は真暗闇では身動きが取れなくなってしまいますが、こうもりは何不自由なく飛び回れます(超音波で周囲を認識するため)。

12.病気や症状が続いている

 精神障がいは、「疾病と障がいの併存」に大きな特徴があります。

 何らかの外傷によって身体障がいを持ってしまったケースであれば、ほとんどの場合、外科的な治療やリハビリテーションが終われば、医療的ケアは必要なくなります。一方、精神障がいの場合は、症状との付き合いと、通院や服薬などの医療的ケアは、長期間続いていきます。ですから職業準備性でも、健康管理は特に重視されます。

 このことは、受診にかかるコスト(医療費や服薬の負担など)も続いてしまうことを意味しますが、医療との付き合いが続くメリット(健康の維持回復のための検査やアドバイスなど)もあるかもしれません。

13.変化に弱く、調子の波がある

 変化に弱い、ということは、環境のあり方しだいで調子が大きく影響され、それが調子の波につながるということです。緊張を強いられる職場では精神症状が苦しくても、安心できる家庭やデイケアで過ごしている時は症状をスルーできる、ということはよくあります。ですから、自分に合った環境を整えていくことが、安定した生活や就労につながることになります。また、精神障がいは、精神疾患と併存するのですから、病状の波(風邪の熱が上がったり下がったりするように、精神症状にも波はある)の影響を受けます。

 就労との関連では、雇用する側は「安定したパフォーマンス」を期待するものです。今日頑張ってできたことが、明日できないかもしれない(予測できない)のでは、計画的な業務遂行に障ります。「頑張ったら、できる」ことより、「普段の自分に何ができるか」という視点が大切です。

14.生活面や社会性にハンデが生じる

 精神障がいでは、ハンデは生活面や社会性に現れやすいものです。例えば、「気分転換が苦手で疲れをためやすく、休日は寝たきりになりがち」であるとか、「相手に声掛けするタイミングがつかめず、報告連絡相談が苦手」であるといったようなものです。いずれも就労には大切な視点であるのはいうまでもありません。しっかり練習、準備しておくことが求められます。

15.若年発症で経験不足になりがち

 多くの精神疾患(全てではない)は、若年発症で、病気や治療のため、社会的な経験が不足してしまう場合があります。基本的な職業習慣などは、一から身につけていく必要が出てきます。

16.病状や機能レベルに個人差が大きい

 どんな障がいでも、環境要因とともに個人要因が関与するものです(先に紹介した「国際機能分類(ICF)」にもこの2点は盛り込まれています)。精神障がいでは環境要因が大きく影響すると先に述べましたが、個人要因の影響も負けずに大きいのです。

 精神疾患には多くの種類があり、精神症状の内容は千差万別(幻聴で聞こえる内容は、一人ひとり全く異なる)であり、症状への対処の仕方も様々です。精神障がい当事者の支援では、生活環境や心理面を含めた「個別性」に十分配慮した丁寧なケアや支援が求められます。

17.調子が目に見えにくく、自分や周囲が理解しにくい

 精神症状や、それに由来する困りごとは、目に見えないものがほとんどです。ですから周囲からは理解されにくく、時には誤解や偏見に発展してしまうこともあります。この誤解や偏見は、精神障がい当事者の社会参加にとっては、最大の障壁かもしれません。例えば、統合失調症の当事者が、抗精神病薬をしっかり服薬して症状は軽減し、職業訓練を経て十分な活動レベルまで回復しているにもかかわらず、履歴書を見た偉い人の「統合失調症?そんな人が働けるのか?」という一言で就職がかなわない、というケースです。このような誤解は、いつかなくなってもらいたいものです。

 周囲の理解を得るためにはどうしたらいいのか。それには、正しい情報やニーズを的確に発信することが大切で、そのためには「自己理解」が大切なのです。しかし、精神障がいは中途障がいですから、過去の自己像にとらわれて、自分自身が現在の自分に力量やニーズを正しく掴めていない、というケースにしばしば出会います。職業準備性において「自己理解」が重視される所以です。

(おわり)

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