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クリスマスの夜に。《赤》

※前半はmarmaladeさんの文章です。


わたしの名前はフランボワーズ、猫の世界に生まれた。当然、猫語は母国語だ。他にも日本語、英語、フランス語、そうそうこびと語も操ることができる。まあ猫としては当然のことだ。ショートヘアでジンジャー(赤毛)の毛並み、瞳は緑、足先だけ真っ白なの。自己紹介はこんなところでいいかしら。

ひと月に一度のご褒美時間、それはお気に入りの本を片手に1人過ごすカフェの窓際、夏でも冬でも必ずクリームソーダをお供に。エメラルドグリーンのソーダはしゅわしゅわと金色の気泡を立てている。その上には真っ白なヴァニラアイスクリーム、真っ赤なさくらんぼがあらぬ方を向いて乗っている。そのさくらんぼを見つめながら、あの日の出来事を思い出していた。

わたし、すごく嫌な猫だった。
どうしてあんなこと言ったんだろう。

何度となく後悔することが猫にはあると知ったのは、自分が大人になったせいなのか、それはまるで、お気に入りの赤いセーターを着るたびに少しチクチクしてしまう、そんな些細な気持ちではあったけれど。



アイスクリームが溶けかかっている。滑り落ちたさくらんぼがソーダの中にゆっくりと沈んでいく。はっと我にかえって、せっせとアイスクリームを食べると、つきんっとこめかみに痛みを感じた。その瞬間、何が起こったんだろう。フランボワーズの世界が赤く染まっていった。



……

(ここより後編)


どれくらい眠っていたのだろう。

目を開けると、私は温かいログハウスのベッドで横になっていた。

起き上がると体が妙に重くて、いつもより視点が高い。自分の体をまじまじと眺めると、真っ赤な上下の服にふくよかなお腹、手はまるで人間のような長い指が5本もついている。慌てて鏡を探して窓辺に寄ると、そこには真っ白な髭をたんまりと生やしたおじいさんがこちらを見ていた。

お気に入りのジンジャーヘアーはすっかり縮れて白髪だらけ。瞳は緑だが、深い皺が刻まれて窪んでいる。チャームポイントの足は、真っ白い靴下を履いていた。

ーあの日、あんなことをした罰なんだろうか。

部屋の中には、カラフルな包装紙に包まれてリボンをかけられたプレゼントが山のように散らばっている。やっぱり、ここはあのサンタクロースの家なのだ。なぜ私がサンタになっているのかわからないけど、もしかしたら私は寿命を迎えて、サンタクロースに生まれ変わったのかもしれない。

そんなことを考えながらもなぜか体は勝手に動いて、大きな袋にプレゼントをどんどん投げ込んでいく。いくら入れてもいっぱいにならない、魔法の袋はすべての箱を呑み込んでいった。

外に出ると、真っ白な世界が広がっている。すぐ前にいた赤いリボンを首にかけたトナカイが二頭、こちらを振りむいた。後ろに袋を積んで乗り込むと、ソリは静かに夜の空へ溶け込んでいく。まるですべてがあらかじめ決まっているかのように、迷うことなく子供たちの家にたどり着いた。

家に着くと、トナカイたちの前に大きくて真っ黒い穴が広がり始める。トナカイたちはそこへ真っ直ぐに突き進んでいく。わたしはぎゅっと目を瞑って、まるでジェットコースターの時みたいにしっかりと手綱を握りしめた。

気づくとそこは、子供達の夢の中だった。
どうやらこのプレゼントは、煙突から家に入って部屋に置いてくるのではなく、夢の中で渡すものらしい。そうか、道理で誰一人サンタを見たという人がいないわけだ。

次々と子供達の家を周り、最後は見覚えのある家の前で止まった。夢の中に入ると、そこにいたのは思った通りピスタージュだった。幼い頃に別れた、私の双子の弟。彼は私と正反対にアッシュグリーンの毛並みをしており、瞳は赤。足先だけが黒かった。

彼は私がフランボワーズであったことなどわかるわけもなく。渡した箱から出てきたのは、ストロベリースムージー。葉のついたみずみずしい苺がカットされて、カップの縁に添えられている。

そういえば、思い出した。私たちは昔、こうしてお互いの色を纏ったドリンクを飲んでいたことを。私はピスタージュの緑の毛並みと同じエメラルドグリーンのクリームソーダ、赤い瞳を模したさくらんぼ添え。ピスタージュは、私の赤い毛並みと同じストロベリースムージー、緑の瞳の代わりにフレッシュな葉付き苺。

わたしたちは、とても仲の良い双子だったんだ。
どうして、わたし、わたし、あんなこと。


また胸がチクチクとしてくるのは、猫の頃と何ら変わらないらしい。私にはもうあの燃えるような毛はないし、エメラルドの瞳もない。だけど、ピスタージュはわたしの目の前で嬉しそうにそのジュースを飲んでいた。

私の瞳から涙がこぼれ落ちた途端、またあのつきんっとした痛みがこめかみを走る。フランボワーズの視界はふたたび赤く染められていった。




わたしの名前はフランボワーズ、ショートヘアでジンジャーの毛並み、瞳は緑、足先だけ真っ白なの。手には当たり前だけど肉球があって、これも当たり前だけどあのもじゃもじゃの髭もないし、落ち窪んだ瞳はくりくりとして愛らしい猫のそれだ。私はまったくの元の猫の姿に戻ったのだ。

ーあれは夢だったんだろうか。

よくわからないけど、そんなことはもうどうでもいい。だって猫だから、よく考えるとか苦手なの。それより、今日はこれから別の家にもらわれていった双子のピスタージュといつものカフェで待ち合わせをしてる。

あれから仲直りしたわたし達はひと月に一度、こうしてカフェで会うことにしていた。私はいつものクリームソーダ、彼はストロベリースムージー。窓辺に映る毛並みの向こうの街並みを眺めながら、彼がやってくるのをじっと待ってる。

えっ、あの日の出来事?
そんなのもうどうだっていいじゃない。

だってもうわたしの心がチクチクすることはなくなったし、こうして心晴れやかに大好きなクリームソーダにお日様が当たって、しゅわしゅわっと金色の気泡になる瞬間をアイスクリームと一緒にすくうのが、今の何よりの楽しみなんだから。




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