【シロクマ文芸部×曲からストーリー】蓋をする。
文化祭。
という言葉で、胸が締め付けられるようになるのは、この雨音のせいだろうか。
あの日、あの教室で。
僕は君の唇に口紅を塗っていた。
だれだっけ。
男子校なのにメイドカフェをしよう、なんて
バカなことを言い出したのは。
線が細くて、色白の透き通るような肌で。
真っ先に槍玉に挙げられて標的となった君を、
助けたい一心でメイク係を買って出た。
姉が2人いる僕は、どうでもいいそのすっぴん顔が魔法のように美しくなっていくメイクをいつも横目で見ていた。
中身が変わらないのに、
外だけ綺麗にしてどうする、って思ってたけど。
今、やっとわかった。
放課後の誰もいない教室。
メイクの練習で君の顔に下地を塗り、ファンデーションを塗り、アイメイクをこしらえて。どんどん変わっていく君の顔に触れると、ドキドキしている自分がいて。訳がわからなくなる。だって君は男のはずなのに。
潤んだ紅いリップで仕上げた彼は、彼であってもう彼ではなかった。西日を浴びた教室の中で、ここだけが世界から断絶された場所であったのなら。
「やばっ、オレめっちゃイケてんじゃん」
「だろ?売り上げに貢献したらお前のオゴリな」
他愛のない会話をして、僕はその場を去った。
好きなら、もっと知りたくなる。
僕は怖かった。
これ以上君を僕の中に入れてしまうことを。
それ以来僕は、
君とクラスメイトとしての距離を保った。
メイクをしていなければ、なんてことはない。
ドラマや漫画のようなストーリーは、
そう簡単に始まらないのだ。
あの日は雨なんかじゃなかったけど、部屋の中で雨音を聞いていると、無性にあの放課後を思い出す。
あの時の感情に蓋をして、笑ったり泣いたりしてきた日々は、正解ではなかったかもしれない。だけど決して間違いなどではなかった。こうして僕はここに、立っていることができているのだから。
たくさんのものに蓋をして、
ぼくらは明日も生きていく。
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