スピッツの隠したナイフ

 合唱で歌ったよ。癒される。爽やかだよねえ。え、スピッツってロックバンドなの?――知人や友人に初めてスピッツの話をすると、返ってくる言葉は大体こんな感じだ。

 1995年、“ロビンソン”で大ブレイクを果たし、今も幅広い世代に愛され続けるスピッツだけれど、世間に流布する彼らのイメージと、ファンの知る彼らの本来の姿には、大きな「隔たり」があるような気がする。
 「隔たり」。つまり、表現者なら誰もが一度は経験する、「己の表現したいこと」と「受け手に求められるもの」との齟齬。
 ロックバンドとしての表現を追求し続けることと、売れること、つまりポップスバンドになること、ふたつの目標の間で揺れ続けた軌跡が、スピッツの歴史であると私は思う。

「もともと(アコースティック・ギターではなく)エレキギターが好きなので」。今年7月に発売されたアルバム、『醒めない』についてインタビューを受けた際、マサムネは何度かこう口にした。スピッツの楽曲の多くで使用され、優しい世界を創ってきたアコギの音だが、実は彼らが本来求めていた音では無かったのだ。
 そもそも、インディーズ時代のスピッツはパンク・ロックを目指していた。荒々しいサウンドに皮肉っぽい歌詞を乗せ、卑猥な言葉を叫ぶ。ブルーハーツが登場すると、マサムネは「自分たちのやりたかったことを先にやられてしまった」と意気消沈。このままでは埋もれてしまう、と悩んだ末、手に持ったのがアコースティック・ギターだった。当時、ロック・ミュージックにアコギを用いるバンドは希有だったのだ。奏でる音楽も、パンク・ロックからポップス寄りへ路線変更。戦略は成功し、スピッツは徐々にファンを増やしていくことになる。

 一見すると、売れるために、本来目指していたロックな表現を諦めてしまったかのようだ。しかし、決してそんなことは無かった。
 「真正面からロックをやって埋もれるなら、ちょっと変なことをしよう。世間の流れに抗うこと、それはある意味で凄くロックなことなのではないか」。そう考え直して、彼はアコギを手にしたのだ。
 

 こうしてスピッツは、反抗的な歪んだ音楽から、可愛らしく、儚げな音楽へと変化を遂げていく。背中にナイフを隠し持ちながら。

 

 ところが、大ブレイクを経験したスピッツは、優等生的なポップミュージックとして世間に捉えられるようになる。やがて彼らは、パブリックイメージと本来の自分たちの姿との食い違いに悩み始める。
 このまま、求められる姿を演じ続けるべきか。悩んだ末に、彼らが出した答えは『ハヤブサ』。王道ポップスのイメージを覆すような、ロック色の強いアルバムだった。荒々しいバンドサウンドを前面に押し出し、歪んだギターをかき鳴らして、「俺らはロックバンドなんだ」と主張した。
 問題作だとか、異色のアルバムだとか語られることの多いこの1枚だけれど、私は大好きだ。売れるための計算を放棄して、本来自分たちがやりたかった音楽を追求しようとした彼ら。きっと、物凄く勇気の要る決断だっただろう。でも、やりきった後は、物凄く気持ちが良かっただろう。

 その後のスピッツは少し丸くなったようにも見えるけれど、根底に流れるロック精神はずっと変わらない。

 何より、彼らの捻くれた反抗心は、歌詞の隅々にさり気なく表現されている。
 ファーストアルバム収録の“うめぼし”では《知らない間に僕も悪者になってた/優しい言葉だけじゃ物足りない》、最新アルバム収録の“こんにちは”では《反逆者のままで愛を語るのだ》と歌う。アンチヒーローであることを表明するかのような、トゲのある表現があちこちに散らばっている。
 そして、スピッツの歌詞はとにかく変わった言葉が多い。「火焔土器」、「ガーン」など、誰もサビで使おうとしないであろう言葉の数々が、さらっと歌われている。これもマサムネの、《コピペで作られた流行りの愛の歌》(“グリーン”)に対する反発の表れではないかと思う。

 最新アルバムの幕開けを飾る“醒めない”の歌詞には、ロックへの情熱がはっきりと表現されている。今回のアルバムは、音もなかなかロックだ。余計な装飾音を入れず、メンバー4人が奏でるバンドサウンドの魅力を最大限に活かして作ったような印象を受ける。それでいて、全体としては優しげな雰囲気が保たれている。絶妙なバランス感覚だ。
 大衆に受け入れられつつ、さり気なく大衆に抗う。現在のスピッツの姿がそのままアルバムになったかのようだと思う。

「己の表現したいこと」と「受け手に求められるもの」。結局彼らは、どちらも捨てなかったのだ。その結果、正反対のものがぶつかり合い、多彩で深みのある音楽が生み出され続けることとなった。

爽やかかと思えば、ちょっとエロい。優しいくせに、トゲがある。聴けば聴くほど、裏切られる。意外な魅力に気づかされる。スピッツが愛され続ける理由は、きっとそこにある。