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#10 AV撮影当日

ついにやってきたAV撮影当日。
私のデビュー作は、パッケージの写真撮影なども含め全四日間で行われるとの事だった。
色んな方から「四日撮り珍しいね!凄いね!」などと声をかけられたのだが、何が凄いのかも、そもそも凄いとはどうゆう意味なのかもよく分かっていなかった。

初日は期待と不安に胸が膨らみ夜中は何度か起きてしまったけれど、六時間は睡眠が取れたから上出来かな。
とりあえずお風呂に入り、目を覚ます。
なるべく脱ぎやすくて縫い目の痕が体に残らない服にすべきだと思い、緩めのニットワンピースを選んだ。
お腹は空いていたけど緊張で朝ご飯が食べられる心持ちじゃなかったから、何も食べずに家を出た。
7:20頃にマネージャーさんと合流し、一時間ほどかけて目的地に向かった。
移動中、車の窓から空を見上げるとそこには雲一つない青空が広がっていて、ひんやりとした朝の空気の中で太陽の光に照らされたガラス張りの高層ビルが虹色の光を反射していた。

前日に送られてきた台本を入念に確認しながらソワソワした気持ちを落ち着かせていると、あっという間にスタジオに到着。
第一印象や挨拶が大切だと思い、車から降りるなり誰彼構わず挨拶をして周ったのだが、後からそのほとんどが私の撮影とは全く関係の無い方々だと知ってちょっと恥ずかしくなった。
撮影の四日間は曇り予報の日もあったのが、奇跡的に全日快晴。
「持ってるね〜」なんて煽てられ、人生で初めて、もしかしたら自分は晴れ女なのかもしれないと本気で思った。
現場のテーブルの上には沢山のおにぎりやパン、飲み物が広げられていて大興奮。
穴が開けられた蓋にストローが刺さった何とも丁寧なペットボトルのお水をいただき、渡されたバスローブに身を包んだ瞬間、本当にAVの現場に来たんだという実感が沸々と湧き上がった。

まず始めたのはヘアメイク。
何となくメイクさんは女性の方なのかなという勝手なイメージを持っていたのだけど、そこにいたのは雰囲気の良い男性の方で、私の緊張を和らげるためか終始優しく話しかけてくれたのがとても印象的だった。
「メイクは女子の味方だからね!☆」なんて言いながら、私の持っている安物のコスメを遥かに上回る数のメイク道具を鮮やかな手つきで扱っていく。
宣材撮影の時以来のカラコンとアイプチをしてもらい、バチバチに開眼。
普段は全くと言っていいほどメイクをしないから、こうやってプロの方にメイクをしてもらうとやはりすごくテンションが上がる、、、!(宣材写真を撮った時以来のワクワク!)
メイクが終わったら、誓約書にサインをした。
メーカー周りの時と同じように、誓約書の内容をしっかりと音読し、全てを理解した上で私は自分の意思でAVに出ますという契りを交わす。
このような過程を経る度に、AVも安全で立派なお仕事なんだなと改めて実感する。

私の方の準備も全て済み、現場も整ったのでいよいよパッケージの写真撮影に取りかかる。
デビュー作と言えばこの人!というくらいに業界ではすごく有名なカメラマンさんに撮影していただいて、プロの仕事をまざまざと体感した。
その方が発した「まなちゃん(紗倉まなさん)のデビュー作のパッケージ撮ったの俺だよ」という一言に、驚きと喜びで胸が高鳴る。
沢山の大人の方(勿論初めましての方ばかり)がいるにも関わらず、撮影現場では不思議と裸になる事に何の抵抗も無かったし、むしろ"裸が正装"という感覚が自分の中に芽生え始めている事に気付いた。
休憩や衣装替えを挟みつつも、その日の半分以上はパッケージ撮影やイメージ映像撮影に費やした。




そして日が落ち始めた頃、初めてのセックスシーンの撮影が始まろうとしていた。
男優さんの前の現場が少し押しているらしく、私はメイクを直してもらったりしながら到着を待つ事にした。
初めてのお相手の方は、私が14歳の頃からずっとセックスをしてみたいと思っていた人。
そのことに関して、改めて監督さんにメーカー面接時の私の要望を汲んでくれたのか聞いてみると、特にそうゆう事では無かったらしく、キャスティングは全て偶然だったそう。
だとしても、あの時冗談交じりに想像していた事が今から現実のものになろうとしている状況に、勝手ながら6年越しの運命のようなものを感じて一人胸が熱くなった。
時間が経つにつれ私が緊張しているのが伝わったのか、メイクさんが「好きな曲流していいよ」と言ってくださり、メイクさんの携帯のプレイリストの中から知っている一曲だけをひたすらリピートして男優さんの到着を待った。
——BOOWYの 「LONGER THAN FOREVER」。
お父さんの影響で小さい頃から大好きなバンド。
ボンヤリ聞いていると、何だか懐かしくなってきて、家族と過した日々の思い出が頭の中を巡った。

小さい頃はよく家族皆でいろんなところへ出掛けた。
ドライブの時はいつもお父さんの好きな曲がかかっていて、私と妹達はそれに合わせて歌い、お母さんは微笑んでいた。
車の窓から見える景色はいつだって今朝みたいな青空で、隣には必ず誰かがいてくれた。
たくさん怒られて、たくさん傷付いて、たくさん我慢して、たくさん笑った。
皆で食べるご飯も、「おかえり」の言葉も、全てが温かくて、家族といる時だけは寂しくなかった。
私のことを大切に育ててくれた。
だから私は今、自分を大切にするためにここにいるんだよ。
ごめんね、そしてありがとう。

「○○さん、到着しましたー!」

スタッフさんの声でハッと現実に戻り、慌てて視線を向けると、そこにはずっと画面越しに見ていたあの男優さんが立っていた。
((挨拶をしなければ、、!!))
頭ではそう思っていても、こーゆう時に限って自分の名前がスムーズに口から出てこない。
つい最近名付けてもらったばかりの新しい名前にまだ慣れず、デビュー作の撮影期間中は常に吃っていた。

会話を交わす暇も無く、すぐに撮影の準備が始まる。
一人ソファに座る私を、写真撮影用のカメラとは異なる、ビデオカメラの大きな眼が真っ直ぐに捉える。
その瞬間、緊張で一気に体が強張って、自分の心臓の鼓動が波打つのが分かった。
本当に、始まってしまうんだ。
「本番」の声がかかると、その後はあまり鮮明な記憶が無い。
ただ、感覚の断片だけはしっかりと残っていた。

撮影終了のカットがかかり、男優さんとプロデューサーさんの顔を見たら何故か涙が出ていた。
事務所の面接で社長さんと初めて会った日、もう人前では泣かないって決めたのに、撮影初日が無事終わったという安堵と、今までに体験した事のない気持ちよさ、自分がAVに出れるんだという感動、他にも色んな感情がグチャグチャになって溢れ出てしまった。
ただあの日と一つ違うのは、この涙はやっと自分を大切にする事が出来たという、ポジティブな涙だった事。
そんな時に男優さんが一言、
「セックスって気持ちいいね」
そう言ってくれた。
人によっては当たり前に聞こえるかもしれないし、ましてやセックスを仕事にしている人が今更言う事でも無いと思われるかもしれない。
でも、だからこそ、私はこの言葉にすごく救われた。

気持いいことは悪いことじゃないんだ。
気持ちいいことが好きな自分を認めて良いんだ。
ここなら誰も私を責めないで、受け入れてくれるんだ。
私の生き方を肯定してくれるから、やっと私は自由に生きられるんだ。
自分らしく生きていいんだ。

目の前にいる百戦錬磨の男優さんでさえ(だからこそ、なのかもしれないけど)、毎回毎回この想いを根底に持ち続け仕事をしているんだろう。
気持ちいいという感情を軽視しない、とことん真面目にエロを追求する。
それはきっと男優さんだけでなく、AVに関わる全ての人が共通して持っている想いであって、その事実をこの肉体でもって実感する事が出来たと思うと胸が熱くなって感動した。
だから私は男優さんのその言葉に心の底から深く、静かに頷いた。
こうして、私のAV女優としての撮影初日が終わった。

帰りはマネージャーさんの運転する車でプロデューサーさんと一緒に帰った。
お持ち帰りしたおにぎりを食べ、今日の撮影の事や、AVについてのあれやこれやを話した。
ふと横を見ると、車の窓に映った私の瞳に反射した街の灯りが温かな色をおとしていた。

私は、あの時さされた後ろ指も、浴びせられた冷ややかな視線も、もう何も怖くはなかった。
少しまわり道はしたけれど、本来の自分のあるべき処に落ち着く事が出来たから。
これが私。私なんだよ。

本当の私に出逢わせてくれて、ありがとう。


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