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#11 撮影を終えて

人生初のAV撮影を終えた翌日、恋人や友人と賑わう人々で溢れ返る表参道の街中を、私はたった一人で彷徨っていた。

というのも、この日は夕方頃から渋谷に用があり街に出ていた。
用事を済ませ帰ろうかとも思ったけど、何だか今日はまだ家に帰りたくない気分だったから、無事に撮影を終えられたお祝いと自分へのプチご褒美を兼ねて普段行かないようなお店で夜ご飯を食べる事にした。
渋谷だったら沢山お店もあるし、直ぐに入れる場所が見つかるだろうと考え散策を始めたのだが、私は休日の渋谷を甘く見ていた。
時間帯もちょうど夕飯時だったからか、目に付くどのお店にも入店を待つ人の列が出来ている。
これはダメだと思い、表参道の方に向かって歩いてみたが人集りは増すばかり。
しかも表参道に私のような小娘が気軽に一人で入れるようなお店は何処を探しても見つからず、、、
周りは見渡す限りハイセンスな雰囲気の人や、煌びやかにライトアップされた小粋なレストランで溢れ、私は完全に場違いな人間と化していた。
そこでようやく表参道に来たのは完全なる判断ミスであったという事に気づき、ひっそりと電車に乗り込んだ。

結局近場の駅で降り、何軒か渡り歩いてようやく見つけた比較的空いている洋食屋さんに入ってみることにした。
優柔不断な私は毎回メニューを選ぶのに時間がかかるのだが、迷いに迷って結局ミートソーススパゲティ(税込860円)を頼んだ。
今日はプチご褒美をする予定だったから、いつもならもったいぶって絶対付けないチーズのトッピングも追加した。
「いただきます」と小さく呟いた瞬間、果たしてこれは普段食べないようなものを食べようという最初の趣旨とズレてはいないだろうか…という根本的な疑問がふと脳裏を過ぎって軽くフリーズしたが、何時でも食べられるようなものをあえて好きな時に食べる瞬間こそ最高のご褒美じゃあないか!と開き直り、一人黙々とスパゲッティを頬張った。

なんとなく店内を見渡してみると、一人で来ているのは私だけだった。
隣の席には子供連れの家族、斜め前にはカップルのような男女二人組、その横には若い女性のグループ。
今この場には人の数だけそれぞれの人生があって、それが交差したりしなかったりして一日が、一年が、一生が過ぎてゆく。
そして今日というこの日に、この場所、この時間に私たちが居合わせた事は単なる偶然で、お店を出たら最期、そのほとんどが今後お互いに名前を知る事も、口を聞くことも無いままそれぞれの人生を歩んでいく。
それだけでも十分不思議な事だが、今隣の席にいる親子も、オーダーを取ってくれた店員さんも、この場にいる誰も私が昨日AVの撮影をしてきたという事実を知らないんだと思うと、さらに不思議な気持ちになった。
そんな事を思いながら食べたスパゲッティは、少しの優越感と、言葉にし難い背徳感の味がした。
私だけの、特別な味だった。

あっという間に食べ終わり、お会計を済ませ足早に店を出た。
お腹は満たされたけど、心は何だかまだふわふわしていて落ち着かなかったから、帰りは二駅分くらい歩いて家まで帰る事にした。
わざと寄り道をした帰り道、これまでの道のりを思い返してみる。

私がAV女優になったのは、偶然でも奇跡でも、夢が叶ったとかいうそんな綺麗事でも無かったはず。
でも、つい最近まで自分が本当にAV女優になるとは想像もしていなかったはずなのに、まるで私は最初からこうなることを望んで生きてきたとしか思えないほど、私の人生においては全てが当然の選択のようにも感じられた。
そんな事に気づかせてくれたデビュー作の撮影は、カットがかかった瞬間から次の撮影日が来るのを待ち遠しいと思うほどに、楽しくて、嬉しくて、気持ちよくて、感動した四日間だった。

そういえば、撮影では偶然にもタートルネックの服を沢山着た。
それは単に私の身体のラインを拾うだけでなく、それまでの私の心の状態をも表しているように感じた。
今までの私は、例えるならまさにタートルネックのような身体に纏わりつく何かで本当の自分を覆い隠し、首元まで伸びた偽りの皮で自分の首を締めていた。
だから呼吸がしずらかった。
ずっとずっと息苦しくて辛かった、生きづらかった。
でも、撮影で徐々に服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿をさらけ出した時、それまでの自分を覆い隠していたものも全て一緒に脱ぎ捨てる事が出来た。
そうしてやっと、外の世界の空気を思い切り吸えたような感じがした。
生きるって、呼吸する事だ。
自分らしく、呼吸する事だ。
ありのままの自分で生きるって、気持ちいいな。
気持ちいいって、素敵な事だな。

その夜は、生まれて初めて自分をまるごと愛してあげられるような気がした。


14歳の頃に漠然とAV女優の道を志し、一時はその想いを捨て去るも本当の自分自身だけは捨てきれず、自ら初めて見たAV女優さんと同じ事務所に応募し、事務所の面接に合格、メーカーさんとの契約が決まり、ずっと画面越しに見ていた男優さんとセックスをし、まさか自分が本当にAV女優になるとは微塵も思っていなかった、"気持ちいい事"には真剣だけど、本当は臆病で孤独な女の子。

そんな6年前の自分に会えるのなら、今の私はこんな言葉をかけてあげるかな。

「私、"モザイクの向こう側"に行けたんだよ。」

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