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#3 私は何故AVに出たいのか(2/2)

(↓前編はこちらからどうぞ)


不安と期待が入り交じった心持ちで迎えた大学入学の日。
この頃には、AV女優になりたいと思った事、そしてその事実を消し去った過去すらすっかり忘れていた。
なぜなら私には「大学教授(もしくは研究者)になる」という新たな目標が出来ていたから。
今だからこそ言える事かもしれないが、この目標というのも結局のところ「高い学費を払ってもらい大学に入るのなら、それ相応の目的や志を持たなければならない」という強迫観念じみた思考に、自分を適応させる為のこじつけだったのかもしれない。 
自分の将来を疑いもせず、新たな環境に胸を躍らせていた私だったが、日が経つにつれ大学での生活に徐々に違和感を覚えていった。

田舎から上京してきた訳ではないけれど、流行に敏感な都会の垢抜けた雰囲気に晒される環境は息苦しかった。
何かしらのコミュニティに所属していない事に孤立感を感じていたが、友達の作り方が分からなかった。
大学とは学びに貪欲な人たちが集まる場所だと思っていたが、実際はそんなにアカデミックな環境では無い事を知り、理想と現実とのギャップに落胆した。
心の底から好きだと思っていた学問は、学べば学ぶほどに”楽しい”と同時に”苦しい”と思う時が何度もあった。
絶対になるものだと考えていた職業も、いざとなったらその仕事に就いている自分が想像出来なかった。
何より、自分は特別でもなんでもないんだと、この小さな世界の中で本気で思ってしまった事が、自分を見失ってしまう原因になった。
悲痛にも、私は大学という環境にはじめからとことん馴染めていなかったのである。

その事実に気付き始めてから、学生生活を謳歌する周りの人々は、同じ大学にいるはずなのに一人キャンパスの端で佇む私の目にはひどく遠い存在の様に映っていた。
しかし、努力して手に入れた将来への切符を手放す勇気も度胸も無かったし、何より両親や友人、支えてくれた周りの人達をガッカリさせたくなかった。
だからずっと、背伸びして装って、無理やりに偽って、毎日をやり過ごした。
自分という存在の不安定さ、アイデンティティの欠如。
それは例えるなら、深い暗闇の中で綱渡りをさせられているような感覚で、前に進む勇気も後ろを振り返る余裕も無い。
まるでヒッチコックの映画術に迷い込んでしまった人物のように、"宙吊り"のサスペンスにめまいが止まらない。
そんなもんだから、大学での時間を過ごせば過ごすほど私の心は疲弊していった。

自分って何なのだろう。
そんな考えがふと頭をよぎり、同時にあの時捨て去った一つの特別な想いが自分の中で蘇る感覚がした。

「そういえば私、AV女優になりたかったんだっけ」

その事実を思い出した途端、授業中も、電車の中でも、お風呂の中でも、寝る前も、来る日も来る日もその事が頭から離れなかった。

本当に自分のしたいことは何?
本当に自分が輝ける場所はどこ?
本当の自分と出会える時はいつ?
本当の自分を認めてあげられるのは誰?

そう自分自身に何度も問うた。
答えはもう既に分かりきっていた。
もしかしたら、私が本当に進むべき道はこれなのかもしれない。
これしかないのかもしれない。

そうして私は事務所へと応募のメールを送ったのだった。

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