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#9 AV撮影前日

人生初のAV撮影を明日に控えたこの日。
特にやることもなかったけど、とにかくソワソワして落ち着かなかったから外の空気を吸う為に家の周りを少し散歩した。
早く明日になって欲しい気持ちと、まだ普通の人生に留まっていたい気持ちとの、不思議なせめぎ合いが私の心を惑わせる。

家の周りを三周くらいしたところで景色にも飽き飽きし、特に行く場所も決めずに電車に乗り込んだ。
三つ先の駅で降り、適当に街ブラする。
とにかく頭の中は明日の撮影の事でフル回転だったから、それに合わせて足を動かしていないとどうにかなりそうだった。
ようやく歩き疲れ、自分が空腹な事に気付く。
もう帰ろうと思いお昼すぎくらいに電車に乗り込むと、マネージャーさんからLINEが入っていた。

送られてきたのは明日の撮影台本と香盤表のファイルだった。
すぐさま目を通すと、表紙には私の名前と共に
「作品タイトル:デビュー」
と書かれた五ページほどの台本が確かに存在していた。
一気に気が引き締まる。
((いよいよだ、、、!!!))
次のページを見ると、私のデビュー作に出てくださる男優さんの名前と顔写真が記されている。
多分、同年代の女の子よりかはAVを見てきたであろう私には、そのほとんどが「見たことある!!」という顔触れで、この時点でドキドキが止まらない。
この人とはこのシーンでこーゆー事をするんだな、と台本を読みながら想像を膨らませる。
ページをめくる度に鼓動は早まるばかりだが、頭では意外と冷静な自分がいた。

手書きの香盤表(香盤表を手書きするのはこの監督さんくらいらしい)には、撮影場所、時間、プレイ内容、小道具等の細かな当日の動きが書き込まれていた。
食い入るように見ていくと、必ずしもシーン番号順に撮影が行われる訳ではなく、男優さんのスケジュールや天気などを併せ進められるようだ。
ただ、今回はデビュー作だからか、一日の前半はパッケージやイメージ撮影に費やし、女優としての初めてのセックスは午後の最終段階に設定されていた。

台本によると、私のAV処女を捧げるお相手の方は、私がAVを初めて見た14歳の頃からずっと画面の向こうで活躍されている方。
当時は「この人のセックスは気持ち良さそうだな、いつかしてみたいな」なんて、叶うはずもない事を冗談交じりにぼんやりと思いながらAVを見ていた記憶がある。
メーカー周りの時に「共演してみたい男優さんはいるか」と聞かれ、その時の事を思い出した私は生意気にもこの方の名前を挙げさせてもらった。
きっと監督がその要望を汲んでくれたのだろう。
まさかあの時に抱いた妄想が現実になるとは微塵も思ってもみなかった。
今でさえまだこの状況が信じられないのだから。

その日は一日中台本と香盤表を眺めていた。
夕方頃にご飯を食べ、お風呂に入り、歩き疲れた脚を入念にマッサージする。
とうとうやる事も尽きて20時頃に布団に入った。
明日の集合は8時だから、7:20頃にマネージャーさんが迎えに来てくれるらしい。
お得意の逆算をして、朝は5時半に起きる事にした。
絶対寝坊は出来ないから4:00、4:10、4:30、5:00 …と、延々にアラームをセットした。
((ちゃんと起きれますように))

今になってはそんな心配よりも、ちゃんと寝れるかの心配をすべきだったと思っている。
今日というこの日を超えたら、これまでとは異なる景色が見られるんだ。
閉じた瞼の裏に映ったのは、満面の笑みを浮かべた未来の私だった。

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