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#4 事務所での面接

「りほ様にはご来社頂きたく・・・」

事務所の採用担当の方から返事が来たのはすぐだった。
面接可能な日をいくつか提示し、その日が来るまでソワソワしながら待った。
面接までに何か出来ることはないか。
そう思い立ち、今の自分の想いを紙に書き留める事にした。
昔から字を書くという行為が好きだったし、夢中になって書いていると心が整理される感覚があった。
それに、私は肝心な時に大事な事を言えず後悔した事が何度もあったから、面接の時は絶対そのような展開は避けたかった。だから予め話したい事を全て紙に書いた。
そうすればきっと、私がこの仕事に対して抱いている真剣な想いが届くと思った。

面接当日。
昔から心配性が高じて逆算に逆算を重ねる癖が抜けず、ほとんど毎回約束の時間の30分前くらいには目的地に着いてしまう(でも時間になるまでその辺をプラプラしているとたまに相手から到着の連絡が入っていて本末転倒な事もしばしば…)私なのだが、今日も案の定いつもより早く起きてしまった。
何を着ていけばいいか迷いに迷った結果、白Tにデニムのパンツ、グレーのパーカーというとてつもなくシンプルで驚くほど地味な装いをしてしまった。
年齢が確認出来るものを二点持って行かなければならなかった為、カバンの中には半年ほど前に取ったはいいがそれ以来出番の無かった免許証と何かと便利な学生証、そしてこの日が来るまで拵えていた”志願理由書”を入れ、いつものように予定より早めに家を出た。

事務所がある渋谷は私も通学でよく利用する駅。
見慣れたはずの渋谷なのに、その日はなんだか知らない街に来たような新鮮な気持ちだった。
メールで指定された場所まで行き、そこからは電話で事務所までの道を案内してもらう。
外は清々しいまでの快晴で、事務所に着く頃にはTシャツは少し汗ばんでいた。
到着したのはお洒落な雰囲気の建物。
小部屋に案内されるとそこにはビデオカメラが置いてあり、公正な環境下で面接が行われているかの確認等の為に面接時の会話は録画しておくとの説明を受けた。
担当の方が来るまで待っている間、出されたお茶を飲もうとしてストローに添えた手が震えていた。

ノックがなって部屋に入って来たのは男性の方だった。
健康的に焼けた肌にカジュアルな服装。
てっきりスーツでバシッと決めた人が来るのかと思い身構えていたから、想像していたより親しみやすそうな雰囲気で少しホッとした。
慣れない手つきで名刺を頂き、質問シートなるものに記入をお願いされた。
表の欄には名前や年齢などを書く場所があり、裏をめくると「初めてのHはいつ?」「オナニーはどれくらいする?」等のちょっと過激な質問がビッシリ。
((おぉ、AVっぽいぞ、、!!))
ここに来てやっとそれらしいお話が出来ると思うと、さらに身が引き締まる感じがした。
一通り書いたらその方が紙を元に質問をしていく。

なぜAV女優になろうと思ったのかという動機の欄に、
「自分らしく生きるため」
と書いた私にその人は詳しく話を聞きたがった。
今しかない!と思い、ここで昨晩自分の想いを書き留めた紙の束をカバンの中からいそいそと取り出した。
その方はすごく興味を持ってくれて、全部読みたいと言ってくれたのだが、嬉しい半面内心とても不安だった。
事務所の面接に自分の生い立ちや内に秘めた想いを綴った紙を持ってくるなんて、なんだか仰々しい子だなあと笑われるんじゃないかと思っていたから。

でもその人は本当に真剣に私の手紙を読んでくれた。
突然現れた見ず知らずの小娘が投げかけた唐突な熱意でさえ、こんなにも真摯に受け止めてくれる大人がいるんだと、正直、ビックリした。
「自分らしく生きること」について。
恥ずかしながらこの話をしようとすると私は毎回どうしても涙が抑えられなくなってしまうのだが、自分の言葉でも伝えなければと思いいざ話し始めると、案の定涙が零れてしまった。
相手の方を驚かせてしまったし、気を使わせたくなかったから何とか話を続けたが、その時も真っ直ぐな視線は絶えず私に注がれていた。
今でも、この日記を書きながら強く思う。
もしあの時、私の書いたものに対して悪気はなくとも面白半分の反応をされていたのなら、私の心にはあの時と同じような"傷"がついていたはずだと。
だからこそ、「この人は信頼して良い人だ、ここは安心できる場所だ」と強く感じた。

そんなこんなで面接は終わった。
全部で一時間も経っていなかった気がする。
「是非一緒に頑張ってきましょう」という言葉と、次回事務所に来る日程を決めた事が面接合格を示唆していた。
面接中は他の事で頭がいっぱいで気付かなかったのだが、家に着いてから貰った名刺をよく見ると、面接をしてくれていたのは事務所の代表の方だったと知ってアタフタ、、、💦
改めて今日の事を振り返り、勇気を出して応募して良かった、この事務所を選んで良かった、そう心の底から思った。

そしてこの日、人前で安易に涙を見せるのはやめにしよう、そう心に決めた。
自分の涙の価値を軽んじないように、流した涙の意味を見失わないために。
私は顔を出したばかりのこの未成熟な新芽を、これから蕾になるまで育ててくれる場所を見つけたのだから。

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