コートとダンス
お父さんのコートにはお目目がついています。
わたしが一人でお留守番をしていると、ボタンのお目目でこっちをじっと見てきたり、ときおり肩を痒そうにすくめたり、腕をぶらぶらさせて踊ったりしています。
でもわたしが話しかけたって全然お話ししてくれません。
そのことを木に話してみたら、
「あのコートはガンコモノだからね」と言っていました。
「ガンコモノってなに」
「わかんないよ。お父さんに聞いてみたら」
そういうと木はそっぽを向いて風と一緒にお話しをし始めました。
きっと木もガンコモノなんだと思います。
ある朝コートは置いてけぼりにされていました。
お父さんが忘れちゃったんです。
すごくしょんぼりしていていつものダンスもなんだかだらだらとしていました。
皿の顔を洗ってあげたあと、わたしはコートの前に立ってみました。
そうするとコートはいよいよダンスするのもやめて、すっかりうつむいてしまいました。
「ね、一緒に踊ろ」
コートったら、すこし肩をすくめただけで、わたしに目も合わせてくれません。
わたしは「あとでね」と言って皿のおしりを洗いに戻ろうとしました。
でも寂しそうなのが気になって、大きい鏡の鼻ごしにコートを見てみました。
すると、コートがわたしの方をじっと見つめて泣きそうになっているのがわかりました。
「あ。あ。あ。泣いちゃだめだよ。シミになっちゃう」
わたしがぱたぱたと戻ってきたときにはボタンから涙がひゅるひゅる流れていました。
「泣いちゃダメだって」
わたしは涙を拭きながら言いましたが、コートは一言も喋りません。
「ね。わたし着てみてもいい。一緒に踊ってみたい」
「お父さんに聞かないと」
コートは泣きながら、ようやくボソボソと喋りだしました。
「お父さんには内緒。ね。内緒にしてさ。踊ろ。」
コートはなにか言いたそうでしたが、わたしはコートがなにか言う前に、すっかり羽織ってしまって、踊りました。
右手を上げてみたり、左手でリズムにのったり。
なつべくコートが楽しめるように、足よりは手や体で踊りました。
右腕で円をつくりながら、左腕は前や後ろにのけぞって、頭はゆらゆらと揺れて、たまに足でとんだり走ったりしました。
そうしていると、風や木や蟻やスカートまでが、集まって踊り始めました。
あんなに遠い雲がふわふわ形を変えてステップを踏んで、あんなに大きな山がざあざあ歌いながら手をかかげて舞っています。
「楽しいね」
私が息を切らしながらコートに話しかけると、
「楽しい。うん。楽しい」
とみたことない笑顔で踊っていました。
コートの笑顔を見れてわたしはすごく満足でした。
「ヌイ。起きなさい。ヌイ」
「あ。おかえり」
「コートを着てたのか」
「ごめんなさい」
「シワになるから」
「うん」
「なんかこぼした」
「ううん」
「ボタンのとこ」
「あ……」
「なんだか泣いてたみたいだな。このコート」
「ほんとう」
「シワは笑ってるみたい」
「泣いて笑ったんだ。このコート」
「みえるね。さ。晩御飯にしよう。お父さんヌイの好きなチキンを買ってきたよ」
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