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ジョコ不人気の理由を尋ねていたら歴史の勉強になった話(全豪オープン2022 #0)

 テニスの全豪オープン(AO)が始まっています。前回の覇者で、第1シードであるはずのジョコヴィッチが、オーストラリアへの入国を認められず帰国させられたことは、ジョコファンの私にとって大変残念でした。しかし今回そのことには触れません。ジョコのビザ不発の経過を知ったところで別段面白くもないからです。

ジョコはなぜ人気が低いのか?

 私は、ジョコヴィッチのファンだからといって、ロジャー・フェデラー(スイス)ラファエル・ナダル(スペイン)が嫌いなわけではありません。彼らのプレイを観るのは好きですし、テニス界のビッグ3と言われるこの3人の間でしか生まれない特別な名勝負が大好きです。そしてテニス史上においても特別なこの3人の戦績はほぼ互角です。しかしなぜかジョコの人気だけは明らかに低いのです。今回はその理由を考えてみました。

ビッグ3の「評判資産」は?

 昨今、経済的な資産に加え「評判資産」という言葉が使われています。それはつまり、ソーシャルメディアのフォロワー数や、PV(ペイジヴュー)、或いは「いいね」の数などであり、評判(人気)を可視化したものであるというわけです。可視化された評判は広告と結び付き収益化(マネタイズ)されます。そのような仕組みがあることはもう誰でも知っているでしょう。だから「評判」が「資産」なのです。

 試しに Twitter、Facebook、Instagram のフォロワー数をそれぞれ合計してみますと以下のようになりました。(1月19日時点。にしてもひまだな)
▪️ナダル:4314万
▪️フェデラー:4018万
▪️ジョコ:2979万
というわけでやはりジョコの人気が低いことがわかります。その理由は巷で色々言われているでしょうが、細かい事は置いておいて、今回は「国」というものをこの際ちゃんと見てみようと考えたのです。おそらく日本人には一番わかりにくい要素だし、もちろん私もそこがわからないからです。

GOATへの道はかくも険しい

セルビアという国

 欧米でのジョコ不人気の理由の一つに「セルビア人」ということがどうやらあるらしいのです。ジョコは事あるごとに「セルビアを応援してほしい」と言いますし、それは裏返せばセルビアを良く思っていない人たちが(多分欧州には)いるということです。自由や人権や差別にうるさい欧州でもです。でもうるさいということは、逆にそれらと戦ってきた歴史があるからなのでしょう。

 まずウィキペディアとコトバンクを辛抱強く読んでみて分ったことは・・・これは一筋縄ではいかない(汗)。でも、最初面白くない漫画や小説でもしばらく我慢して読んでいると途中から引き込まれることもありますよね。人間時には我慢も必要なのです。

その前にユーゴスラビア

 セルビアを知るにはどーしても押さえないといけないのが「ユーゴスラビア連邦」だということがまず分かりました。なぜか? セルビアは以前ユーゴスラヴィア連邦の(主要な)一部だったからです。そしてユーゴを表す数字「7~1」という便利なものがあります。それは・・・
ユーゴスラビア連邦とは、
❼七つの国と国境を接し(イタリア、ハンガリー、ブルガリア、ギリシャ等)
❻六つの共和国を持ち(スロヴェニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニア)
❺五つの民族が暮らし(スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人、マケドニア人、イスラム人)
❹四つの言語が話され(スロヴェニア語、クロアチア語、セルビア語、マケドニア語)
❸三つの宗教が信仰され(カトリック、セルビア正教、イスラム教)
❷二つの文字が使われる(ラテン文字、キリル文字)
❶一つの国家である
と、もうこの時点で白旗を挙げたくなるややこしさです。なんかもうちょっと分かりやすい資料はないものかと思ったら、ありました!

2015年に公開された「クロアチア版ロミオとジュリエット」と自称する映画のサイトです。クロアチアとセルビア、互いに憎み合う民族の男女が恋に落ち、様々な困難に見舞われるも「最後に愛は勝つ!」と高らかに歌い上げる物語(だと思われます)。このサイトが映画の舞台となるバルカン半島の当時の事情に実に詳しく、これを読んでいると段々と分かってくるのです。

ユーゴからセルビアへ

 これらのサイトから私が理解した事をザックリまとめますと以下のようになります。(いや全然ザックリしてないよ)
▪️そもそも多様な民族が暮らしていたバルカン半島西側の中欧地域をチトー(Tito)という人がまとめ上げて、ナチスドイツの支配に対抗した。これがユーゴスラビア連邦の始まり。
▪️第二次大戦が終わり1990年まではチトーの手腕もありなんとかユーゴは統一を保っていたが、1980年にチトーが世を去ると徐々に不安定になる。
▪️そもそも6つの共和国を擁する「連邦」なのだから独立の動きは常にあったが、1991年にはスロヴェニアとクロアチアが独立を宣言。内戦状態に入る。ちなみにクロアチア人はこれを「独立戦争」と呼んでおり、クロアチア人と話す時「内戦(civil war)」という言葉を使った途端そっぽを向かれるそうです。1992年にヨーロッパ連合(EC)がクロアチアを承認。
▪️チトーの後に連邦の政権の中枢に台頭したのがセルビア出身のミロシェビッチ。しかしこのミロシェビッチは国際社会との折り合いが悪く、1999年のNATOの空爆につながる。この時ベオグラードの防空壕で震えていたのが当時まだ11歳のジョコヴィッチ少年でした。(このことは以前にも軽く触れました)
▪️ここまでかなり乱暴にまとめたものをさらに一文にするとこうです。6つの共和国からなるユーゴスラビア連邦から、時代の変遷につれ共和国が一つまた一つと抜け(独立し)、最後に残ったのがセルビアである。(初めからこの一文だけで良かったと言われそうですが、実際には当然独立のたびに摩擦・紛争で多くの血が流されているのです)

実は「絶景の宝庫」アドリア海東岸

 言い方を変えれば、ナチスという大きな敵が消えてもなお「ユーゴスラビア」という地域の盟主でありたかったセルビアと、本当はさっさと独立したい「その他の共和国」の対立構造とも言えます。独立しようとするものを弾圧すればやはり悪者扱いされるでしょう。そしておそらくこの当時国際社会で完全にヒール役であったミロシェビッチが、欧米の人達の「セルビアのイメージ」となっているのではないか?と私は思いました。つまり《NATO諸国vsセルビア》という図式です。そしてその図式がおそらくジョコ個人の人気にも陰を落としているのだ思うのですが、どうでしょう。

その時あなたは何してた?

 余談ですが、スロヴェニアとクロアチアが独立を宣言した1991年というと、私は大学4年生でした。日本はバブル末期でまだ景気は良く、私はテニススクールのバイトとサークルとスキーに明け暮れていました。思い返せば「ボスニア紛争」「コソボ紛争」といった言葉はニュースから聞こえていたような気もしますが、「学生の間しかできないから」とひたすら楽しい事を貪っていた若い私にはそんなニュースは届いていませんでした。

チリッチはなぜ「いい人」か

 1992年にECがクロアチアを承認した後、日本はアメリカより先にクロアチアを承認したそうです。アメリカ追従と言われる日本がこの時だけはアメリカに先んじたこの一件を、クロアチア人はことのほか恩義に感じているそうです。
 これで思い出したのがクロアチアのテニス選手マリン・チリッチです。彼が楽天ジャパンオープンで来日した際、「チリッチはめちゃくちゃいい人だった!」とそれこそ評判が鰻登りだったという話ですが、このような国際政治の1ページが影響しているのでしょうか?

苦手だった歴史という科目

 私は30代後半スイスを拠点に季節労働をしていたのですが、シーズンオフを利用してアヌシーというフランスの山間の街に語学研修に行った時のことです。クラスメイトになったイスラエル人の青年からこんな質問をされました。
「日本はブッディズムとシントイズムが共存していて争いがないのはどうして?」と。それに対し、
「いや、仏教とか神道とか言うても、うちらガチやないから^^;」と思ったのですが、それをフランス語で説明することは難しく、どのようにお茶を濁したのかもう忘れてしまいました。
 また、アヌシーに滞在していた別のある時には、住んでいた安アパート(台所、バス・トイレが共同)の隣の部屋からはいつも聞いたことのない異世界の音楽が漏れ聴こえていました。その狭い部屋に家族で住んでいた十代後半と思しき女の子に「どこからきたの?」とフランス語で訊ねてみたところ、ぶっきらぼうな感じで「ボスニー」と一言返ってきました。ボスニア・ヘルツェゴビナのことです。いつかテレビでよく耳にしたボスニア難民なのか?と思いましたが、それについて何も知らなかったので「ぁ、そうなの」と返して終わりでした。

 海外では、このように歴史や宗教について知らないことであたふたすることがしばしばあるのですが、学校時代は歴史の授業が苦痛でした。それは自分と接点がなかったからだと思います。逆に彼らにとって「紛争」は生まれた時から日常にあるものなのでしょう。日本がそれだけ、つまり私のように歴史に無頓着でいられるくらい平和だということでもあります。しかし今回のように自分の興味と接点があれば、なぜか頭に入ってくるのです。そのような勉強が学校時代にできていたらなぁと今悔やんでいます。

 ジョコの不人気から、思いがけずバルカン半島の小歴史について学んでしまった話でした。
 
 さて今年の全豪オープンは誰が優勝するのか、新しいスターは出てくるのか、楽しみです。ここまで読んでいただきありがとうございました。
   



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